第4章 学術師レオンハルト

第1話 締付け

 大きくひと息ついたレオンハルトは心を落ち着け、改めて語り始めた。


「この件について、カウフマンの報告を受けたローデンバルト先生は、即座に職を辞し、学部長を退任した。

 今となっては報告内容を知ることもできないが、恐らくは失態の責任を全て俺たちに押し付けた都合の良い報告だったことだろう。

 この件を受けて学院長のディアナ・カーライルは、遺跡工学の制約を強めるよう陛下に奏上している。」


「でも、変だね……。」


 ミナトが顎に指を当て、そっとつぶやいた。

 レオンハルトとギルベルトの目が、ミナトへと向かう。


「だって、あの狸親父だよ?

 あそこまでずる賢いヤツが、そんな形で言いなりなんかになったものなのかな?

 あの一件って、学院長も関わっていたんでしょう?

 だとしたら、あの女の企みを掴んで、それをネタに脅して……とにかく、もっと自分が甘い汁を吸えるように立ち回ったと思うんだけど……。」


 ミナトの疑問に、意外にもギルベルトが口を出してきた。


「君は忘れているよ?

 姉さんがそのままの姿でカウフマンに接触したと思うかね?」


「あ……。」


 ミナトははっと気が付いた。

 ディアナ・カーライルにはもう一つの姿があったのだ。

 ギルベルトは、そんなミナトに向け真剣な声でさらに続けた。


「そう、シュヴァルベだ。

 姉さんはカウフマンとの接触にあの姿を利用していたに違いない。」


 いったん言葉を切ったギルベルトは、改めて語り始める。


「ここからは私の推測だが、件のツェッペンドルンの絵図面はカウフマンが用意したのだと考えられる。

 三公爵のリューガー公への憎悪はかなりのものだったが、同時に手を出し切れずにいる、そんな状況を打破する手段を提示し、恩賞を頂戴しようと考えたのだろう。

 だが、それには発掘の資金がいる。

 そこに、計画の内容を知った姉さんが資金の提供を申し出た。

 無論、姿はシュヴァルベだ。姉さんそのままの姿で接触し、変な弱点を握られるようなへまはしない。

 実際出資金の額を確認したところ、出所不明な金額が一割近くに上っていた。

 三公爵からのものに加え、シュヴァルベ……つまりは第二大公家当主からのポケットマネーが出資金に加えられ、実行に向かっていったのだろう。」


「成程。

 何となくだが、前々からの疑念が晴れてきた。」


 ギルベルトの推測を聞いたレオンハルトが重い声で口を開いた。


「なぜあの時、学院長が締め付けを強化するよう陛下へ奏上したのかが、とにかく謎だった。

 元来学院長は遺跡の発掘には積極的だったのだが、この時の方針転換はあまりにも不自然だ。

 恐らくはこの一件を下手に掘り起こされないよう、先手を打ったんだ。

 同時にカウフマンの増長を抑えることも画策した。

 三公爵との繋がりがはっきりしたカウフマンに大きな権益を与えてはならない。

 今度のようなことを、自分や皇帝一族に向けられたら堪ったものではないからな。

 その辺りの第一の安全弁として、遺跡工学への締付けを強化するよう奏上したんだろう。」


「概ねはそんなところだと私も考える。

 ただ、この結果を受けて、カウフマンはきっと憤慨しただろう。」


 それだけ言うと、ギルベルトの瞳の灯りがまた消えた。

 レオンハルトは当時を思い出しながら、ゆっくり語る。


「奴だけじゃない。遺跡学部全体から非難轟々だったさ。

 ろくに研究ができそうにない環境がガッツリ揃ってしまったからな。

 ろくでなしの学部長、少ない資金、研究発表の制限、秘匿の義務などなど……。

 その中のいくつかは、未だに生き残っている制約だ。

 おかげで半数近くの学芸員が、学院生からやり直すことを覚悟の上で別学部へと流れていった。

 まあ、俺はそれでもやめる気はなかったがね。」


 そう言うと、レオンハルトは苦笑を見せる。

 その時、彼はふと気づいた。

 自分がかつての苦境を、笑って誤魔化せるほどになっていたということに。

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