第6話 ツェッペンドルン・その後

「ツェッペンドルンの村から凡そ七十ロークラムの距離にある、エイシャンの砦。

 ここには一万二千の兵が駐屯していた。」


 レオンハルトは資料のノートを広げて記された内容を語り始めた。


「元々からして、その砦に相対していたマウル側の砦にもほぼ同数の兵がいたと記録にはある。

 ただ、俺たちが調査に向かうのとほぼ時を同じくして、マウルは兵を次々に砦へ送り込んでいたらしい。

 斥候からの報告では、最大での兵員数はおよそ五万。

 熱線砲の暴走事件時には、さらに多くの兵がいた可能性すらあるだろう。」


「籠城中の砦攻めには三倍の兵が必要と言われるけど……この場合は四倍以上。

 どのようにでも料理できるって形だね……。」


 ミナトが傭兵の顔を見せてレオンハルトの言葉に答える。

 レオンハルトはミナトの言葉に頷き、さらに言葉を続ける。


「問題はここからだ。

 このエイシャンの砦は、かなり前から挑発合戦の様相を呈していたらしい。

 だが、そんな状況を打破するべく、その辺りの土地を治めるリューガー公が直接陣頭指揮を執り、マウル兵を黙らせようと動いていたとのこと。

 それを待っていたかのように、マウルは兵を増員した。

 そして、ディアナ・カーライルが言っていたのだが、宣戦布告のマウルの大使が砦の直前にまで来ていたという。

 そんな状況下に熱線砲が放たれ、双方の砦に大ダメージを与えた。

 帝国軍の被害は兵員一万弱が死傷。

 マウルに至っては、兵員四万以上が死傷したと報告されている。

 つまるところ、この一撃の結果でマウルは国軍全てに対し、およそ一割の兵が損耗したのだから、開戦に至る前に大打撃を被ったことになる。

 結果、マウルは全軍を撤退させざるを得ない形になり、開戦の動きは有耶無耶になっていったということだ。」


 レオンハルトの言葉を追って、ギルベルトが口を開く。


「この時、リューガー公は熱線の一撃で死亡。

 三公爵並びに、姉さんの目論見は成功した。

 同時にマウルからの侵攻も食い止めた訳だ。

 さらに言うなら、この件を収めるべくザウアーラント公が奔走したが、ここでもマウルと三公爵との間に上手く楔が入った。

 姉さんにとっては三方良しの満足いく結果になったと言える。」


「怖い人……。」


 ギルベルトの言葉を聞いたミナトがゾクリ……と肩を震わせてつぶやいた。

 レオンハルトはその言葉を受け止めるように口を開いた。


「そうだな……。

 これを全て計算ずくで行なったとしたら、途轍もなく恐ろしい女だ。

 その中で最も恐ろしいのは、この件を押し進めさせた原動力が、自身の恋を終わらせた憎しみだというんだからな……。」


 レオンハルトはそれだけ言うと、何かに気付いたかのようにふと、顔を上げた。


「そう言えば、父さんはどうやってこの数年の様子を調べ上げたんだ?

 ここにあるのは若干のスクラップブックと、僅かな歴史書しかないはずだが?」


 ギルベルトは首だけレオンハルトに向けて、少し嬉しそうな声を出した。


「なんのことはない。

 ほんの少し魔法を使えば、誰にも知られることなく重要書類を収めた場所へと忍び込むことができる。

 後は簡単だ。

 私の走査スキャン機能の性能は知っているだろう?

 この機能を使えば、本を開かずに内容を読み取ることができる。

 まあ、深夜に軍の資料庫に忍び込むのは結構な度胸が必要だったが、好奇心の強さは誰にも負けるつもりはないからね。」


 最後の言葉でレオンハルトもミナトも、そっと口をほころばせた。

 レオンハルトは、ギルベルトを笑いながら窘める。


「全く……これっきりにしてくれよ?

 次に何かあったら、アルベルト氏にどやしつけられるのは俺なんだからな。」

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