第3話 恩師と仇敵
「まあ、そんな感じで俺は遺跡工学を専攻することになった。
そこにいたのは、ヤン・ローデンバルト教授……俺の遺跡工学の大先生だ。」
レオンハルトは目を細め、微笑みながら恩師の名を口にした。
それを見たギルベルトは、喜びを感じさせる静かな声でレオンハルトに尋ねる。
「ローデンバルト先生か……あの方は素晴らしい先達だった。
君を導くにはうってつけの人物だったことだろう。
先生はもう亡くなられたのかね?」
「残念ながら……。
ただ、最期に俺とエレナに宛てて教授としての心得を説いた書簡を送ってくれた。
そこの額に収めてあるのが、それだ。」
そう言うと、レオンハルトは自分の左肩越しに壁へと視線を向けた。
ギルベルトとミナトがその視線を追うと、そこには一通の便箋が額に入れて掛けられている。
「いつでも見られるように壁に掛けてあるのさ。
自分はどうも人の心の機微を読むのが苦手でね。
先生は常にそこへ気を配るよう、その書簡でもよくよく言い含められている。
この他にも俺が苦手とする部分を留意するよう的確に指摘されている。」
ギルベルトが静かに額の前へと空を滑る。
同時にミナトが静かに切り出した。
「先生って、どうだったの?
厳しかった? 優しかった?」
「物静かな人だった。
だが研究への情熱は素晴らしく、俺からの下らない質問に対しても親身になって解決法を導いてくれた。
全て他人任せにせず、だが同時に必要なことは生徒にも十分任せ、責任はきちんと請け負ってくれる。
そんな立派な人だった。」
「だが、もう一人忘れてはならない人間がいたな。」
ギルベルトが中空で振り返り、レオンハルトに問いかけた。
ミナトもハッとした表情でレオンハルトの顔へ改めて視線を向ける。
「そうだな。良くも悪くもあの男の事を忘れてはいけない。
ランドルフ・カウフマン教授……いや、あの当時は助教授だったな。
あの男もここに居た。
こっちは気に入らない人間には碌な指導もせず、それとは逆に、気に入った人間に対しては贔屓の引き倒し。
時には子飼いの学院生が提出した、体裁の整っていない論文にすら及第点を与え、物静かで有名なローデンバルト先生から大目玉を喰らったこともある。」
「そこまでひどい男だったんだ……。」
ミナトがポツリとつぶやいた。
それを聞いたギルベルトがレオンハルトに代わり説明する。
「だが、カウフマン自身の技術と才能は本物だった。
そうでもなければ学術師になれないからね。
ただ彼は人の好き嫌いが激しすぎたんだ。」
「そして、貴方も、俺も嫌われた……。」
レオンハルトの言葉に、ギルベルトの瞳の灯りがふっと消える。
レオンハルトはさらに言葉を続ける。
「ローデンバルト先生は常日頃から仰っていた。
『本来ならば、もう自分は引退して然るべき人間だ。
だが、才能ある後継者がいない今、自分はこの椅子を譲るにふさわしい人間が現れるまで現役でやっていかねばならん。』とね。」
レオンハルトがギルベルトに向けて恩師の言葉を伝えると、中空にいたギルベルトの身体は、すっ……と下降して、レオンハルトの近くまで寄ってきた。
ギルベルトの瞳は暗く、その顔はレオンハルトへと向けることもできずにいる。
「貴方を責めるつもりはないのだが、どうしてもそちらの心を傷つける事柄ばかりになってしまう。
もし聞くに堪えないならば……。」
レオンハルトは身じろぎすらしないギルベルトに向け、冷静な提案をする。
それに対して、ギルベルトは顔をレオンハルトに向けて、こう答えてきた。
「いや、言ったはずだ。
私はどんな恨みも受け止めると。
私が死んだことで、君だけではなく、多くの人間を傷つけてきたことがよくよく理解できた。
生存を秘匿していたことへの責め、それは甘んじて受け入れねばならん。」
きっぱりと言い切るギルベルトに対し、レオンハルトは感嘆とも、諦めともつかないため息を一つつき、途切れた話を続けていく。
「だが、そんな先生が辞表を提出するような一大事が持ち上がってしまった。」
「ツェッペンドルン……。」
ミナトが重い声で口を開く。
「そうだ。あの事件で先生は責任を取らされ、学部長を解任されたんだ。」
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