第2話 軋轢

 ミナトが、また空になったレオンハルトのカップに紅茶を注ぐ。

 レオンハルトは紅茶の香りを鼻で愉しんだうえで、ひとくち口を付けた。


「さて……学院生に進む際には、いま父さんの言った通り、専攻する学科を決めなければならない。

 俺は遺跡工学に進むつもりで、前々から学部長のヤン・ローデンバルト先生に繋ぎを取っていた。

 やはりリーマン先生が所蔵されていたあの『回路サーキット』の輝きは魅力的だった。

 この素晴らしい宝石が力を生みだす仕組みを研究したいという情熱は、胸の中に燃え滾っていたからな。

 同時にその意向を明確にした上で、オッペンハイマー教授への相談も常々欠かさなかった。

 おかげで教授との軋轢はほとんどなかった形になる。」


 レオンハルトは一息つき、再び口を開いた。


「だが、魔導学部全体からは総スカンだ。

 オッペンハイマー教授の後見を受けながら、魔導学部に後足で砂をかける真似をした恩知らずの度し難い小僧。

 魔導学部の人間は、程度は違えどそんな風に考えていたのは間違いない。

 まして進みたい先が魔導工学などならまだしも、言ってみれば日陰者の遺跡工学なのだから、反発も相当なものだったよ。」


「確かに魔導学部の人間の気位の高さは相当だからな。

 どうかしたら直接的な恫喝さえありうる話だ。」


 ギルベルトの言葉を聞き、レオンハルトは静かに頷いた。


「その通りだ。

 実際、強烈な悪意のある悪戯を仕掛けられたこともある。

 学芸員と学院生が結託して魔法を使った罠を俺に仕掛けたんだよ。

 幼少期の経験のため、あらゆることを疑ってかかる癖があったからな。

 おかげで引っかからずには済んだが、一つ間違えれば大惨事だった。」


「そんなことまで……。

 学院生って、オツムのいいだけのガキの集まりなんじゃないの?」


 ミナトが呆れた声を出す。

 レオンハルトは困った顔で苦笑しつつ再び口を開いた。


「そう思われても仕方ない話だ。

 まあ、そんなことが明るみに出た……というより、俺がこの手で明るみに出したんだが、そのおかげで予想外の強力な助っ人が現れたんだよ。」


「助っ人? それは?」


 ギルベルトが身を乗り出してレオンハルトに詰め寄ってくる。

 レオンハルトはその勢いに気圧されつつも、その問いに答えた。


「シモン・ケプラー魔導学部学部長だ。

 この方の耳に素晴らしい魔法技術の応用法が届いてしまったのさ。

 小僧一人に大怪我を負わせる罠を、魔法で実現させようとした。

 正に逆鱗に触れたという奴だった。

 実行した学院生たちは問答無用で除名処分。

 指導した学芸員も軒並み窓際送りにされ、監督責任の名の下、ほぼ無関係のはずのオッペンハイマー教授にまで累が及んだほどだ。

 ケプラー学部長は魔法の人道的使用に腐心されている方だからな。

 こんな形での魔法の使用など許すはずがない。」


「そうだな。あの御仁ならそこまでやるだろう。

 普段は温厚だが、激昂するとかなり過激なこともされるからな。」


 ギルベルトが得心したようにつぶやいた。

 ミナトは困ったような顔で二人の顔を見返している。


 レオンハルトとミナトの視線が合った。

 困惑顔のミナトを見たレオンハルトは瞳を閉じて微笑む。


「とにかくそのケプラー師の参戦によって、魔導学部の連中は息を潜めざるを得なかった。

 更にその止めとなったのは、『そもそもからして、一個人の向かうべき先を部外者が決めるなど言語道断。』という師の有難いお言葉だ。

 今聞けば当たり前のことでしかないが、変なプライドに凝り固まっていた連中だからな。

 自分たちは他人を導き、従わせることができる。しても許される。と考えていたのかもしれん。」


「傲慢だな……。」


「ああ。

 だから、今のオッペンハイマー学部長は学生たちの倫理に厳しく当たっている。

 この俺の件は、魔導学部に少なからずの影響を与えたのは間違いない。」


 ギルベルトの言葉にレオンハルトは静かに答える。

 その答えを聞いたミナトは、彼の中にある、そこはかとない魔導学部への反発を感じていた。

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