第6話 学術院へ
「そこからは今まで以上の猛勉強が始まった。」
レオンハルトは苦笑しながら二人に話す。
「何分、学術院の入門試験では、自分が今まで見向きもしなかった方面での学力も求められる。
数学、論理学は勿論のこと、語学、社会学、理科学に工学や物理学も必要となってくる。
とにかく広範に渡る知識が必須だ。
先生はそれらを全て俺に叩きこんだ。
俺も負けじとそれに食らいつき、先生の用意した模擬試験にも、十分な及第点を取ることができるようになってきた。
そうして先生のお墨付きを得たときには、もう学術院の入門試験まで三ヶ月といったところまで迫っていたんだ。」
「入門試験の願書受付は、三ヶ月前までだ。
間に合ったのかね?」
ギルベルトが不安そうな声を上げる。
レオンハルトは、その問いに返答した。
「ギリギリだったよ。
先生が『転移』を使って直接帝都に向かい、願書を提出してくれた。
『これを逃すと二年後だ。
同じ二年を過ごすぐらいなら、まず一度当たって砕けるのも悪くなかろう。』
そんなことを先生は仰っていた。
そこから出立直前まで俺は勉強を続け、残り一ヶ月の時点で今度は先生と歩いて帝都にまで向かうことになった。」
レオンハルトは一息つき、そっと紅茶を飲む。
「出発の日、エレナは目に涙を溜めて『私もいつか学術院へ行くから!』と俺に約束してきた。
それができるかどうか、その時は解らなかったが、俺はただ『待ってるよ。』と答えるしかなかった。
そこから半月、歩いて、馬車に乗って、時には野宿もして俺たちはようやく帝都に辿り着いた。
そこから残り半月は、俺たちは先生の友人である、フランク・オッペンハイマー教授の元に身を寄せることになったんだ。」
「フランクか……。
彼は今どうしている?」
ギルベルトが静かに尋ねてきた。
今までのような、どことなく楽しんでいる風ではない。
なにか重く、暗い響きが、そこはかとなく漂い始めている。
「オッペンハイマー教授は、いま魔導学の学部長に就任されている。
時折、俺に言うんだよ。
『私の補佐をしてくれんか?』なんてね。」
「そうか……。」
急に重くなったギルベルトの言葉を聞き、ミナトが心配そうに彼へ尋ねる。
「どうしたんです?
なんだか急に辛そうになりましたけど……。」
「いや……私は結局、歳を重ねただけで成長していないのだと痛感させられた。
私の知る人間は、誰も彼も若かった。中には幼かった者もいる。
そんな彼らは二十有余年を経て、皆がそれぞれあるべき職に就き、強い責務を負っている。
ある者は政務に付き、ある者は学究の先達として教鞭を奮っている。
私はどうだ? 研究に全てを捧げたと言えば聞こえはいいが、結局は本来あるべき責務から逃げ出しただけじゃないのか?
そんなことを改めて痛感している……。」
「その通りだな。」
ギルベルトの言葉をレオンハルトは否定することなく、言下に言い切った。
「だが、だからこそ貴方の研究は活かされなければならない。
このまま研究結果を死蔵してしまっては、今度こそ本当に貴方の存在は無駄になるのは間違いない。
無論俺も力を貸す。貴方の研究結果は、全て貴方の遺稿として発表しよう。
それでいいんじゃないか?」
レオンハルトはそう言うと柔らかい微笑みでギルベルトに語りかける。
そんな恨みも憎しみも捨て去った彼の様子を、ミナトは笑顔のまま瞳を潤ませ、嬉しそうに見続けていた。
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