第5話 行くべき先

 閉じていた瞳を開き、レオンハルトは紅茶を啜る。

 そこへギルベルトがまた口を挟んできた。


「『轟雷』とは……。

 普通ならようやく魔導術の入り口に立っているような年齢で高位魔法を操っていたなどと、俄かには信じがたいな……。」


「自慢する訳じゃないが、環境が俺を育てたというべきだろうな。

 スタートが早かった上に良い先生に巡り合え、最高級の教育を受けることができたことが挙げられる。

 加えて俺には後がなく、前に進む以外生きる道がなかった。

 それらが相乗効果となり、魔法使いとしての俺を一気に作り上げたんだろう。」


 レオンハルトは表情を少し強張らせて答える。

 どことなく敵意まで感じさせるような声音に、ミナトは以前耳にしていたレオンハルトのギルベルトへ抱いていた憎悪を思い返していた。


 そのギルベルトは、レオンハルトの声音の裏を感じ取ったのか、改めて明瞭な声で謝罪の意を示してきた。


「私の物言いが気に障ったなら謝ろう。

 だがそれでも、君の成長があまりにも前例が見られない話だったのでね。」


「いや、そこまで気にしてはいない。

 振り返れば、我ながら異常としか言いようがない状況だったからな。

 腹が立つとすれば、そこまで俺を追い込んだ幼少期の経験だ。」


 レオンハルトの目の奥に、怒りの色が揺らぎ始めた。

 ミナトはそれを追い払うように、レオンハルトへ続きを促した。


「ねえ……その魔獣退治の結果はどうだったの?」


「そうだったな。

 自分の『轟雷』は魔獣の全身を焼き焦がし、一撃で絶命せしめた。

 ただそれだけに留まらず、周囲の木々を消し炭に変え、大岩すらも打ち砕く始末だった。

 制御しきれなかった魔力が、威力となって周囲を破壊したんだ。

 これを見た先生は『満点ではないな。やりすぎな分を差し引いて及第点としよう。』と、苦笑いと共に、静かに言ってくれた。」


 背もたれに体を預けて、レオンハルトは言葉を繋げる。


「これ以降、何度となく魔獣退治の依頼がきたが、実際に対処するのは俺だった。

 一度の実戦は、百回の訓練に勝る。

 通常なら扱うことのない攻撃魔法なども、人を害する魔獣相手なら使い放題だ。

 様々な魔法を操り、その制御を体で覚え、俺は魔法使いとしてさらに成長していったんだ。

 そして、四回の魔獣討伐を終えたとき、先生は俺にこう言われた。

『お前は私の想像以上の存在だ。

 私ですら扱いかねるところまで己を高められては、師として立つ瀬もない。

 お前ならもっと先を目指せる。

 行くべき先へ行く気はないか?』と。」


 ギルベルトの瞳の光がまた消えた。

 まるで何か感慨を感じているかのようだ。


「ベッカー先生と同じことを再び言われたことに、俺は心底驚いた。

 自分は特別なのか? と訝しんだ。

 とにかくこの件については即答もできず、ただ先生の元で欝々と考え続けたよ。

 だがそんなある日、先生の研究室の掃除をしているとき、棚にあった『回路サーキット』を見て心が定まった。

 俺はもっと色々なことを知りたい。

 魔導術について早熟だというなら、ここからさらに他の学びを得ることもできるはずだ。

 先生の言う『行くべき先』とは、きっとそれが得られる場所に違いない。

 そう考えた。」


「それは……つまり……。」


 ミナトが言葉を詰まらせながら、レオンハルトに尋ねる。

 彼は静かに首を縦へと振って答えた。


「そうだ。

 先生は、学術院へ進学することを勧めてくれたんだ。」

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