第6話 魔法使い
「伯父を名乗る男は隣村の外れまで俺を連れて行き、そこに住む自称・魔導士に引き合わせた。
状況が飲み込めていない俺に向けて、奴はこう言い捨てたんだ。
『この方は偉い魔導士さまだ。失礼のないように仕えるんだぞ。』と。
そのまま俺は目の前の魔導士殿に押し付けられた形で放り捨てられたのさ。」
「ひどい……そんな年端もいかない子供を……。」
ミナトは悲壮な表情を見せてつぶやく。
ギルベルトの瞳もまた、光が消えたままだ。
レオンハルトは紅茶を静かに注ぎ足しながら話を続けた。
「そう。年端のいかない子供だ。
それ故に、向こうも面食らっただろう。
身の回りの雑用をする人間を欲しがっていたらしいが、それができるか怪しい子供一人が押し付けられたんだからな。
ただ、俺も一人で留守番をやっていた訳だから、ある程度の事は出来た。
だからその男には気に入られる形にはなったよ。」
ギルベルトの瞳が青く光り、発声機構が静かに声を出力した。
「時にその魔導士とはどんな名だ?
エルドニアの周囲にそれだけの人間がいたという記憶はなかったが……。」
ギルベルトの質問を聞き、レオンハルトは静かに答える。
「ジェモン・ラックス。
こんな音だけ並べた名前となると、恐らく偽名だ。
それに、本当に魔法使いであったかも怪しい。
あいつの書庫には魔導書が溢れる程に詰め込められていたが、それを開いて魔法の研究をしていたところを一度として見たことはないし、それどころか『火口』の魔法すら使って見せたこともなかったからな。」
ギルベルトが押し黙る。
真の魔導士、魔法使いたちからすれば、実力の伴わない自称・魔導士などは誰からも碌に相手にされないし、偽魔導士に至っては厚顔無恥の破廉恥漢とまで言われるほどだ。
それに、市井の魔法使いのほとんどは、ギルドとまではいかないが互助会的なまとまりを作り、互いに情報交換を行っているため、そこからあぶれるということは想像以上に手痛いダメージになる。
その損失を損失として認識できていないということは、所詮その程度の存在でしかないのだろう。
「そんなことだから、とてもその男から魔法を学ぶなど望むべくもない。
だから俺は奴の蔵書を利用することにした。
あの男は本を集めることだけが目的だったようでね。
俺が本を手にする事にはてんで無頓着だった。
一度は読んでいるところを見つかったが、奴は何かを言うどころか、鼻で笑っていたからな。
恐らく『理解できるわけがない』といった侮蔑の笑いだったんだろう。」
レオンハルトは先に注ぎ足した紅茶を喉に流し込む。
時計を見ると、もう二時間近くが経過していた。
レオンハルトは小さくため息をつくと、再び口を開く。
「とはいえ、高名な魔導書が山のようにあったあの環境は、そうそうお目にかかれるものじゃない。
全ての本の全てのページを、この頭に刻み込もうと躍起になって学び続けた。
そしてある日、裏庭で隠れて魔法の練習をしているところを、ある老人に見つかったんだ。」
ギルベルトとミナトの目がレオンハルトの顔へ向けられた。
次に出る老人の名を期待している。
「その老人は、名をエルヴィン・ベッカーといってね。
この方は本当の魔法使いであり、賢者の二つ名に相応しい見識を誇っていた。」
「ベッカー翁か!
確かにあの方の博識と頭の冴えは賢者と呼ぶに相応しい。
ひょっとして翁は君を?」
「そう。自分の身柄を引き渡すよう、ジェモンに掛け合ってくれた。
どうやらベッカー先生はジェモンの弱みを知っていたらしい。
話し合いはすんなりまとまり、俺は先生と共に旅をすることになった。
同時に、俺はエルドニアを見捨て、次に来るのは母さんを迎えにくる時だけだと心に誓って旅路に出ることにしたのさ。
齢、八歳の時だ。」
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