第2話 アルトマイヤー

「この事を冷静に語りきるのは正直難しいだろう。

 時折感情的になるかもしれんから、覚悟しておいてくれ。」


 レオンハルトはそれだけ言うと、再び瞳を閉じ、大きく深呼吸をする。

 ミナトとギルベルトの二人が静かに言葉を待っているのに気付いた彼は、薄く目を開けて口を開いた。


「アルトマイヤーを一言で言えば、あの村の有力者だ。

 ただその振る舞いはおよそ上品とは言えん。

 有体に言えば、エルドニアという猿山の大将だ。」


 静かに、だが、憎しみが込められた言葉が口をつく。

 ミナトは哀しそうな瞳をレオンハルトに向けて、彼の言葉に続けて耳を傾ける。


「コーウェン・アルトマイヤー……俺があの村にいた時の当代だ。

 母さんの父親に当たるあの男は、母さんを勘当し、村の人間に関りを持たぬよう強く命じた。

 結果、俺たちは村の人間たちから『いない者』として扱われた。

 食料も雑貨も買うことすらままならず、ごく一部の協力的だった人たちが、裏側でこっそり手を貸してくれたから何とか生活できたんだ。

 そうでなければ、俺たちは間違いなく飢えて死んでいた。」


「ひどい……そこまでするなんて……。」


 怒りを抑え込んで話すレオンハルトの言葉を聞き、ミナトが小さくつぶやいた。

 無言で無表情のギルベルトも、瞳はまごう事なくレオンハルトに向かっている。


「先にも言ったとおり、コーウェン・アルトマイヤーは村の中では絶対者だった。

 なぜか? あの家には財力があるからだ。

 財力に物を言わせ、権力者に鼻薬を嗅がせて媚びを売るなど当たり前。

 相手によっては違法な『貸し』を無理矢理に作って、それをネタに強請ることすら躊躇わない。

 そもそもその財力の源にしても、多くの村民から土地と財産を奪い取っていった結果なのだから、それだけで奴ら一族のあくどさが解るだろう。」


「待ってくれ。

 今しがた、権力者に鼻薬を嗅がすと言ったが、それは領主に対しても行なっていたのか?」


 ギルベルトがややむっとしたような声を上げる。

 レオンハルトは小さくため息をついて、その言葉に返答する。


「やっていたさ。

 第二大公家子飼いのゼーバッハ伯だったか? 納税の都度、奴に付け届けを欠かさず行なっていたよ。」


 レオンハルトが冷たい視線をギルベルトに投げかけた。

 ギルベルトの前身は、カーライル帝国の第二大公家嫡嗣。

 いま言葉に出たゼーバッハ伯は、言ってみれば部下にも等しい存在になる。


 今度はギルベルトが怒りを秘めた声でうめく。


「本当なのか……。

 全く気付かなかったぞ……あの男、相当狡猾に立ち回っていたようだ……。」


 身内の恥……そんな言葉が機械の回路を駆けまわったのだろう。

 ギルベルトの目から再び光が消え、何か考えるかのように黙りこくる。


 再びレオンハルトが語り始めた。


「領主、それに教会の司祭、村長などは皆抱き込まれている。

 村民は全て奴らの奴隷だ。

 連中の息がかかっていなかったのは、墓守の夫妻、そして没落しかけた元地主ぐらいだった。

 先も言ったように、母さんと俺はその伝手でなんとか生き永らえた。

 あの人たちがもしまだ生きているなら、なんとか礼を返したい。」


 レオンハルトは紅茶を一口啜り、唇を湿らした。

 お茶請けのクッキーをかじり、心を少し落ち着かせてまた話を続ける。


「アルトマイヤーの当主はそんな奴だ。

 母さんにしてもゼーバッハの妾か何か……もしくはもっと上の貴族の元に輿入れさせようと企んでいた様子なんでな。

 だから勘当されたのは、まず間違いなく倫理的な問題ではない。

 己の権勢を確固たるものにするための駒だったはずが、思った通りに利用できなかったため、用済みだと追い払った……いや、飼い犬に手を噛まれた怒りからなんだろうな。

 だからあの男は母さんを勘当し、俺たちを迫害するよう奴隷共に命じたんだ。」


 レオンハルトの瞳の奥に怒りの炎がかげろう。

 いま彼は、なんとか憎しみを押し殺して話している。

 それを二人は痛いほど感じていた。

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