第3話 母と子
「話を戻そう。
そんな中で俺たち母子は生きるため必死だった。
母さんは日銭を稼ぐため、近隣の町まで数時間かけて通い、俺は一人で留守番をすることも多かった。
ただ、母さんは教育に熱心で、よく俺に本を買い与えてくれていたんだ。」
ミナトが少し不思議そうに、レオンハルトに尋ねた。
「もっと幼いころはどうしたの?
少なくともレオンが赤ちゃんだった時には、そんな時間をかけて働きに行くことはできなかったんじゃ……。」
レオンハルトは静かな声音のまま返答する。
「墓守のおばさんさ。
その人が俺を預かって、母さんは勤めに出ていた。
家の手配をしてくれたのは地主のオヤジさんでね。
村の外れで使われていない小屋を、なんとか住めるように改造してくれた。
それにしたって、余所の大工を呼び寄せての作業だ。
金もかかっただろうに手を貸してくれたのは、アルトマイヤーへの当て付けもあったんだろうな。」
ミナトは納得したように瞳を閉じ、再びレオンハルトの言葉へと耳を傾けた。
「母さんとの生活は、貧しく、辛かったが、温もりがあった。
母さんは俺が飢えぬよう気を配ってくれたし、何よりも教育を与えてくれた。
それは多分、村の無教養な連中がどうなったかを目の当たりにし続けていたことからの帰結だったんだと思う。
悪意ある者から自衛できるだけの知恵、騙されないための知識、それを何より重視して、俺に与えてくれたんだろうな。」
ギルベルトの瞳がふっ……と青く光った。
「そうか……ローザはそこまで考えていてくれたんだな……。」
その言葉を聞いて、レオンハルトはそっと小さくため息をついた。
母とギルベルトの間にあった、密会のやり取りが思い起こされたのだろう。
レオンハルトが言葉を続ける。
「実際、当時の俺の頭脳は村内一と自負できる物だった。
知識に偏りこそあったものの、少なくともアルトマイヤーの連中と渡り合えるぐらいには知識と知恵が備わっていた。」
レオンハルトはいったん言葉を切って、冷めた紅茶で唇を湿らした。
「母さんもかなりの知恵を誇っていた。
アルトマイヤーはその頭脳も利用しようとしていたんだろう。貴族に匹敵するだけの教育を与えていたからな。
だからこそ、貴族への輿入れなんかも視野に入れたんだろうし、父さんたちにも見初められたんだと推測するが?」
ギルベルトは再び瞳の光をそっと消し、自身に向けられた問いに答えた。
「その通りだ。
私たちの身の回りの世話をする女中として、彼女はやってきた。
話をすれば、何かと盛り上がる。
私たち貴族連中と遜色ない語らいができる少女として、私たちは皆一斉に惹かれていったんだ。」
レオンハルトは瞳をギルベルトに向け、静かに問いかける。
「母さんはその中で貴方を選んだ……。」
ギルベルトはただ無言で、そっと首を縦に振った。
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