カップルの旅行に混じるようなバカにはなりたくないのにカップルが混じってくる

「うーん、夏って感じだ。日差しが眩しいぜ」

 

 とある週末、俺は平介と歌恋の寝取られ希望バカップルとの喧騒から遠く離れた隣県の海水浴場にやってきていた。

 サングラスをかけ、砂浜にシートを引き、パラソルを刺した陰で寝そべる俺こと鑓煙珍歩郎。耳元にはポータブルラジオを置いて真夏のナンバーを楽しむぜ。

 竿役として過不足ないレベルにまで鍛え上げられたこの肉体はさっきまで浸かっていた海水を珠のように弾いていて。日に焼けた褐色の肌が男ながらに色っぽさも感じさせる。


 フッ……海水浴場が似合うぜ、我ながら。


 にしてもマジで平和だな。なんつっても今日俺はたったひとりでこの砂浜を訪れているからな。

 バカどもが襲いかかってこない。それだけでマジで静か。世界はラブアンドピース。

 ソロで海来て何が楽しいんだよと思う奴もいるかもしれない。だが俺は純愛厨でありカプ厨である。世に煌めく砂浜で戯れるカップルをこの目で見られるだけで俺の心は満足感に満たされるのだ。

 いいよな、幸せそうなカップルってのはよ……。


「ねえねえ、お兄さんひとりなんですか?」

「ああ、ひとりを楽しんでるから邪魔しないでくれ」

「えー。わたしもひとりだから遊ぼうよ、お兄さん。まずはあの岩陰とかどうかなあ?」


 チッ。せっかく、中学生同士はじめて海に遊びに来たであろう初々しいカップルを見つけたんだぞ。恥ずかしいけど相手の水着が気になっちゃう……みたいな若者二人の嬉し恥ずかし青春ラブコメシチュエーションをとっぷり眺めていたというのに、俺の肉体美に魅せられてしまった女が話しかけてきやがった。

 ひとりなんだったら別の男でも探しゃいいだろ。岩陰に連れ込んでくれる男だってごまんといるだろがよ、と思いながら視線を返すと、にっこり笑ってこっちを見つめる篠塚歌恋の顔がそこにあった。


「――ひっ」


 思わず喉の奥から情けない声が漏れたが許してほしい。いやなんで歌恋がここにいんだよ。お前と平介はこの週末は山あいの旅館でお泊まりデートのはずだろが。

 っつーか俺はお前らのデートに誘われた――まずこの時点で意味がわからない――けど、それを断ってひとり心ゆくまで海水浴場を楽しむつもりでいたんだぞ。それがなんで海に出てくるんだよ。


「あー。なにその声。珍歩郎くんひどくない?」

「ひどくない。てかなんで歌恋がここにいるんだよ? 平介は?」

「水着の美少女が目の前にいてその感想? 珍歩郎くんってホント平介くんのこと好きだよねー」


 ちげえよ。平介の居どころを確認しとかないと、いつセルフで興奮したあいつの腰が再起不能になるかもわからねえから心配なんだよ。

 俺が黙っていると、歌恋は短いため息をついて言った。


「泊まろうと思ってた旅館がテロリストの占拠予告に巻き込まれたから海に来ようってなったの」


 つくならもう少しマシな嘘をつけ。

 どうせ俺の目的地が海だってことを察知して急遽目的地変更したんだろうが。

 夏の水着マジックで俺が開放感あふれる浜辺の青姦に興じるかもしれねえと考えたな?


『急遽入りました臨時ニュースです。過激派テロリスト組織、全日本露天風呂混浴闘争委員会、通称全露闘が沈玉県の旅館に立てこもりを開始したとのことです』


 耳元のラジオが耳を疑うようなニュースを流してきやがった。どうでもいいけどテロ組織の名前も、沈玉県ってネーミングセンスもどっちも終わってるだろこの国。

 いやまあ珍歩郎が言えた義理じゃねえんだけど。

 Chintama-Prefecutureとか真顔で外人に言われてたら国辱もんだよ。


「ね? 嘘じゃなかったでしょ?」

「ああ……疑って悪かったよ」

「ふふ、親友を信じてくれない珍歩郎くんにはオシオキしてもらわないといけないね……」

「流れるように自分をお仕置き喰らう側にポジショニングするのはやめろ」


 恍惚とした表情で水着の紐に手をかけようとする歌恋を制すると、勢い余ってその豊満すぎるバストに手が触れてしまった。ふよ、と指先がしっとりした肌に包まれ、吸い込まれていく感覚。やべえ、これが歌恋の乳か、まずった。


「あっ――!」


 ちょっと色っぽい声を上げる歌恋。視界の端で猛烈に掻き上げられていく砂。

 あ、平介あそこにいるわ。間違いねえ。

 砂浜でうつ伏せになりながら双眼鏡で俺たちを見つめているらしい。

 高速でピストン運動を繰り返すあのバカの腰元に、大きい穴が開いていた。腰で採掘作業してる……。


「すまん歌恋、そんなつもりはなかったんだが……」

「う、ううん、いいんだよ。だって海だもんね。珍歩郎くんも解放感覚えちゃうよね。きっと珍歩郎くんの珍歩郎くんも狭くて暗い水着から解放されたいって思ってるよね……?」

「俺の謝罪返してくんない?」


 じっ、と俺の股間に視線をくれて外さない歌恋。もうその眼にはこの水着に隠された俺の珍歩郎ジュニアしか映っていないのだろう。

 いや、ちょっとは彼氏に気を払えよ淫乱ピンクが……。


「ねえ珍歩郎くん……。平介くんには内緒で……水着デートしちゃう?」

「内緒も何もお前のカレシあそこで俺らのことガン見してるだろが。双眼鏡でこっちめっちゃ見てるだろ」

「ちぇ。珍歩郎くんってお堅いんだから。堅いのはチ〇ポだけでいいんだよ♡」

「やめろや! 華の女子高生がそんなはしたない言葉を口に出すんじゃありません!」

「えぇ。さんざん言ってるのに? ちんぽろうって」

「バカ! 俺はちん『ほ』ろうだよ! 『ぽ』じゃねえからな!?」


 ちんほろうだからまだ許される名前してんだからな! 絶対半濁点つけるなよ!


「ごめんごめん、珍歩郎くん。それじゃあ平介くんのこと呼んでくるね」

「おお、そうしろそうしろ。そろそろアイツの腰振りもヤバい域に来たぞ」


 俺が見るにあと五分あれを続けると平介の腰は再起不能になる。そんな激ヤバピストンは歌恋にしてやれよ、ったく。

 砂浜に打ち上げられた魚類のように腰を跳ねさせる平介を迎えに行った歌恋の背を視線で追いつつ、俺は手早くパラソルとシートを片付けた。


「よし、今のうちに撤退しよう」


 もうこいつらに付き合ってはいられねえ。俺の平穏な休日のために俺はもうね、宿に移動するからな!

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