クソバカどもの寝取られ恋愛頭脳戦
平介と歌恋の特殊プレイに巻き込まれかけた翌日。
眼をこすりながら教室の自席に着席した俺を迎えたのは、いつもより少し息が荒い平介だった。
ハァハァとちょっと熱を帯びた吐息を漏らしながら胸を抑えている姿は言っちゃ悪いが少し気持ち悪いぞお前。
「ハァハァ……。珍歩郎……」
「お、おう、どうした平介」
「昨日はごめんね、二人を置いて帰っちゃってさ……ィクっ」
ビクン、と身体を跳ねさせる平介。思わず俺の身体も跳ねた。
予兆がない。なさすぎる。フライパンの上で炒められてる食材みたいな跳ねっぷりだったぞ。いやこの例えもよくわかんねえな。
まあともかく、なんか平介は行ったらしい。どこにって? 知りたくもねえよ。
「ち、珍歩郎さ……昨日、歌恋と何もなかったの……?」
「なにって、なんだよ?」
「そりゃ……そのさ……ふおッッッ」
やばい。釣りあげられて地面に打ち捨てられた魚みたいな身体の跳ねっぷりだコイツ。
もうこれあれだよ、最愛の彼女である歌恋が寝取られたんじゃないかという期待感で興奮物質がとめどなくあふれ出てるわ。コイツイカれてんのか。
まあ、イカれてなかったら鑓煙珍歩郎と彼女を密室に置き去りになんてしていかねえだろうけどよ。
だって鑓煙珍歩郎だぞ。全身が竿役ですって主張して歩いてるかのような存在だからな、俺。客観的に見て。泣きたくなってきた。
「いや……だからさ……歌恋となんかいい感じになっちゃったりなんて……ああっ! 想像しただけでたまらんッ……!」
何がたまらねえんだ。たまってろ。
だが俺は友情に篤い男なので、平介の気色悪い言動も見てみぬふりをしてやるだけの度量があった。こんなんでも俺の現世における初めての友人だからな……。
「まあ平介が心配してるようなこたあ何もねえよ」
「な、なんで何もないんだ……歌恋とふたりきりでそんなことありえるのか……」
「いやそりゃありえるだろ」
友人の彼女と密室で二人きりになったからって速攻手出す奴いたらやべえだろ、常識的に考えて。こいつNTRエロゲの主人公だからって脳みそピンクすぎねえか。自分の彼女が他の男と一緒にいたら無条件で寝取られると認識してたりしねえか? 病気だぞそれは。
可能性を生み出しただけでもアウトというやつか。まあ平介の場合はアウトどころかセーフなんだけど。
「そうだよ平介、昨日珍歩郎くんとわたしの間には何もなかったよ」
平介とそんなくだらない話をしている間にインターセプトしてきたのは淫乱ピンクこと篠塚歌恋。昨日の所業だけ見れば淫乱ピンク以外にこの女を正確に指し示す言葉が見つからねえ。
「歌恋! ……ほんとに、何もなかったんだよね?」
「うん、何もなかったよ、平介くん」
お? なんだ平介お前、ちょっと心配そうな面見せやがって。
やっぱり口では何のかんの言っても彼女が鑓煙珍歩郎に寝取られないか心配だったんじゃねえのか? 口では寝取って寝取ってみたいな雰囲気出しといて体は正直だなオイ!
「やっぱり……何にも……なかったのか……!」
「なかったんだよ、平介くん……!」
四つん這いになり嗚咽の涙を漏らす平介。そしてその肩を支えるように寄り添い、同じく嘆いてみせる歌恋。励まし合うカップルはげに美しきかな。
まあ主題が俺に寝取られてるか寝とられていないかってところってだけで減点著しいんだが。こいつら頭おかしいよ。
「もう付き合いきれん……」
とりあえず朝っぱらからこいつらと会話を交わすのはハイカロリーにすぎるわ。俺は二人にひらひらと手を振って、授業開始まで校内をぶらつくことに決めた。
「…………はぁー」
俺たちが通う
「あ」
と思ったら、先客がいた。
「珍歩郎くん。奇遇だね」
篠塚歌恋その人である。
嘘だろ? だって俺は教室にこいつらを置いて屋上に来たのに、なんでこいつが先に屋上にいるんだよ。瞬間移動とかワープとかの類だぞこんなの。ゲームのジャンルがちげえだろ。
俺が歌恋の瞬間移動に驚きすぎて二の句を告げないでいると、歌恋は花が綻ぶような輝く笑みを見せた。
「珍歩郎くん、ほんと屋上好きだよね」
「え、あ、ああ、いや、まあ、そうかもな。ってか歌恋お前どうやって屋上に来たんだ」
「え? 普通に来たよ?」
普通に来たら俺より早く屋上に到達するわけねえんだよ。
俺の背を冷や汗が流れる。
「あー、いやまあいいや。平介はどうした?」
「平介くんなら……あ、ううん、わかんない」
俺の問いかけに対し、歌恋は一瞬だけ屋上の出入り口に視線をやって、そして首を振った。ほー、わかんないと来たか。なるほどな。
俺は直感した。平介と歌恋はグルで、俺に、今このタイミングで屋上寝取りプレイをさせようとしている!
多分平介は扉の外で俺らの逢引き(しねえけど!)を興奮しながら眺めているに違いない。
「そろそろ授業開始だから教室戻るか、歌恋!」
「まだ屋上来たばかりだよ! たまにはサボってもいいんじゃないかな珍歩郎くん!?」
ダッシュで屋上出入り口に駆けだすと、歌恋が追走してくる。
この淫乱ピンク、学業優秀スポーツ万能なので不意の俺の運動神経にもついてこれるだけの素地があるのだ。ちなみに平介は無理。
俺に追いついた歌恋はがしりと俺の腕を掴んだ。胸元に抱き寄せられた俺の腕が歌恋の柔らかな双丘の感触をダイレクトに伝えてくる。うおおやめろ、この感触を味わっていいのは平介だけなんだ……!
「じゅ、授業はまじめに出ないとダメだろ歌恋……!」
「その見た目で真面目も何もないんじゃないかな珍歩郎くん……!」
「お前バカ! それは言ったらダメだろ! 金髪ツーブロのマッチョでも授業くらいまじめに受けるわ!!」
「あ、ごめん」
よし力が緩んだ。
歌恋の拘束からするりと抜けだすと、俺は屋上の出入り口の扉に手をかけた。
……やはり動かない。向こうから鍵をかけられているし、扉の向こうに人の気配を感じる。平介だ。
「お前ら手の込んだバカしやがって……」
「え、どうしたの珍歩郎くん? うそー、屋上の扉が閉まって開かないの? 建付けが悪いからかなあ……そういえばちょっと暑くない?」
「脈絡! もう少し脈絡考えような!?」
クソ棒読みの後、あまりにも雑な流れで胸元のリボンをほどき始める篠塚歌恋もとい淫乱ピンク。
もう少しなんかこう、あるだろ! 別に寝取りなんかしねえけど、そこに至るまでの流れがなんか、あるだろ!
「よくわからないけど、これじゃたぶん昼休みまでずっと屋上に閉じ込められちゃうね」
「いやわかるだろ。わかりすぎてこえーよ。お前らの仕込みなんだから」
「え? なに? ごめん珍歩郎くん、よく聞こえなかったや。子種を……仕込む?」
「どこまで脳内ピンクなんだよクソバカ!」
ガタガタガタと扉の向こうが激しく揺れた。多分子種を仕込む、って台詞に反応したな、平介のクソバカ……。
「そっかあ、仕込まれちゃうのかあ……。でも、体温確保のためには仕方がないよね……」
「さっきまで暑がってただろうが。雪山じゃねえんだから別に要らねえんだよ体温確保なんて」
「ごめんね平介くん……」
「まず俺に謝れ」
――ガタガタガタガタ!
いや怖いよ。事情知らないやつが見たらマジでホラー映画レベルで扉揺れてるぞ。平介アイツ、腰打ち付けてんじゃねえだろうな。だとしたら余計怖いけど。
「珍歩郎くん……ダメだよわたし平介くんの彼女なんだよ……」
言いながらしゅるりしゅるりと制服を脱いで俺ににじり寄る歌恋。台詞と表情がこれほどマッチしてねえ女もそういねえぞ。背中の扉の振動はより一層の激しさを増してきてるし、これが腰の打ち付けだとしたらもうそろそろ平介の腰に再起不能レベルのダメージが入りそうな勢いだ。
まずい、こんなところでこのクソバカ二人の思い通りに寝取りプレイに興じるわけにはいかねえ。
考えろ、考えるんだ鑓煙珍歩郎。いまこの場を乗り切る策は、なんだ。
――そう、屋上から脱すること。だが、屋上唯一の出入り口は俺の背後、平介が塞いでいる。
けど待てよ、歌恋は俺よりも早く屋上に達していたのだから、出入口以外からも屋上にアクセスするルートはあるってことだ。そこが俺の光明だ。
見ろ、考えろ、探せ、珍歩郎。
「あ、あれは……!」
俺は素早く視線を彷徨わせ、そして見つけた。
屋上の柵に括りつけられ束ねられたカーテンを。
そうか……俺たちの教室は屋上のあの地点の直下……!
歌恋は俺が教室を出たのち、カーテンを伝って屋上に辿り着き、俺を待ち構えていたんだ。
「――いや、寝取りプレイにかける情熱がバカじゃねえのか!?」
ツッコミながらも、俺は歌恋の脇を素早く駆け抜けてカーテンを伝って教室に戻った。
その後、平介と歌恋が心底悔しそうな顔をしながら教室に戻って来たけど、授業に遅刻したので廊下に立たされていた。
勝った。……俺は勝ったのだ。
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