後編
「隆太―!」
晴美がベンチで手を振っている。晴美の隣には空き缶が数本並んでいる。
「酒、そんなに強くないのに、どれだけ飲んでんだよ」
隆太が隣に座ると、「いいじゃん、別に」そう言って花火を差し出してきた。
「花火やろう」
どこからかバケツも用意していて、準備万端だ。
「花火は季節外れだろ」
「花火に季節はないの。さ、早くやるよ」
晴美はそう言って、花火とライターを差し出してくる。
「ったく、火くらい自分でつけろよ」
「だって怖いもん」
「・・・こんな時だけかわい子ぶるなよな」
晴美の持っている花火と自分の花火に火をつけると、ぱちぱちと光る。緑や赤、黄色と色を変えながら綺麗に咲いていく。
「あのさ」
花火がより一層ぱちぱちと光を放っている。
「私、彼氏と別れたんだよね」
「へ?」
「なんか合ってないかもとは思ってたんだけど、まさかの浮気されてたわ」
晴美は花火をくるくる回しながら、寂し気に微笑んでいる。
「・・・そっか」
「何よ、それだけ?」
「そんな男別れてよかったよとかまた次があるよとか言っても、お前の傷は癒えねぇだろ。辛い時は辛い気持ちを誤魔化すより辛いって吐き出した方が、早く忘れられるぞ」
晴美の瞳から涙がこぼれる。
「浮気男だし、本当に別れてよかったんだけど・・・、やっぱり好きだったんだよね」
花火が終わって辺りが暗くなる。
「あー、煙が目に入っちゃった」
そう言って晴美はうずくまった。
「煙は入ったら目痛くなるかなぁ、これで拭いとけよ」
そう言って隆太がハンカチを差し出すと、晴美は受け取って目をぬぐうと、「次のつけて」と花火を差し出す。
花火をつけると、またぱちぱちと花が咲いていく。
「髪切ろうかな・・・」
彼の好みに合わせた長い髪をくるくると指に巻き付ける。
「晴美はショートも似合うからいいんじゃね」
「・・・美容院も付き合ってよ」
「しゃーねぇな」
その翌日に晴美はショートカットになった。
あの日と同じように花火は綺麗に咲いている。
「綺麗だな・・・ケホっ」隆太はせき込みながら言うと。晴美はクスクス笑いながら花火をくるくる回している。
「危ないからちゃんと持ってろよ」そう言いながら、次の火のついた花火を渡すと「サンキュー」と光る花火をじっと見つめている。
「・・・花火ってさ、あっという間に終わっちゃうよね。ばーって盛り上がってさ、あっという間に散っちゃってさ」晴美の目に綺麗な花火が写っている。
「だからいいんじゃねぇの?限られた時間だからこそよりきれいに思えるんだろ」そう言うと、「くさいセリフ」と言って、けらけらと晴美が笑った。
「うるせぇな」
最後に小さく揺れる火の玉とぱちぱちはじける花に願いを込めるが、あっけなく玉が落ちてしまう。
(どうかこの関係が壊れませんように)
花火が終わると、晴美はブランコに座って「押して―」とせがんできた。
背中を何回か押すと、ぐんぐん高さが出る。
もう夜中なので、ブランコのキー、キー、という音しか聞こえない。
静かな夜だ。
頭の中で高校時代に軽音部で一緒に演奏した曲が頭の中で流れてくる。
「何?」そう言って晴美が笑っている。
どうやら気づいたら鼻歌を歌っていたらしい。
「懐かしすぎー!」
そう言ってしゅたっとブランコを晴美は飛び降りた。
そしてこちらに背をむけたまま、「別れたんだよね、彼氏と」そう小さくつぶやいた。
「彼、既婚者だった」
隆太が何も言えないでいると「バカだよね、気づいてなかったんだから」晴美の声が震えている。
「奥さんとは別れるとかもう別居してるとか言われたけど、やっぱ既婚者に変わりはなしいし、さよならって言ってやった」
晴美はあの時と同じようにしゃがんで下を向いている。
「泣かずに言ってやったんだから、さよならって。泣いたらなんか悔しいし」
そう言って晴美は無理やり笑顔を作ってこっちを見ている。
「・・・えらかったな」
晴美の頭をぽんぽんとなでると「好きだったよ、すごく」そう言って隆太の胸におでこを付けた。胸の辺りがじわっと温かくなって冷たくなる。
「花火の煙はしつこいからな、これでしっかり拭いとけよ」
そう言ってハンカチを差し出すと、晴美はさっと拭って潤んだ瞳で微笑んだ。
「すっきりした!」そう言って立ち上げって背伸びをする。
「美容院、ついていってやろうか」隆太がそういうと、晴美が「え?」という顔で隆太を見上げている。
「でも、今の晴美はショートカットだから、丸刈りかな」
隆太がそういうと、晴美は「バカ」そういって少し微笑んだ。
綺麗な月が夜空に出ている。
隆太から少し離れてくるっと隆太の方を振り向いた。
「今日は来てくれてありがと」
晴美のあの頃と変わらない笑顔が咲いた。
サンキュ 月丘翠 @mochikawa_22
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