サンキュ
月丘翠
前編
晴美から突然LINEが入った。
最近は彼氏ができたとかってLINEが来ることはなかったのだが、仕事終わりにスマホを見たら、『たこべえ集合』と書いてあった。
たこべえはよく飲みに行っている居酒屋だ。たこべえは、正しくは海鮮居酒屋のんべぇという名前なのだが、タコ料理がたくさんあるのと、店主がタコに似ているからたこべえと晴美と隆太の間ではそう呼んでいる。
今日は予定もないし、仕事の定時で上がったので、『了解』とスタンプを送った。
たこべえに着くと、晴美はすでに来ていて、ビールをぐっと飲んでいた。
「よ!」隆太に気づいて、晴美は手を挙げている。
「お疲れ」とすぐに隆太はビールを頼むと早速乾杯した。
「今日はどうしたんだよ、最近連絡なかったのに」
「なに?私の誘いは迷惑なわけ?」
「そんなこといってねぇだろ。ったく、彼氏と喧嘩でもしたのかよ」
「・・・まぁそんなとこ」
「あっそ」
晴美とは高校の軽音部で仲良くなった。晴美はピアノ、隆太はベースを担当していた。高校時代はストリートや他校の文化祭で演奏したりして、結構本気でのめりこんでいたが、結局みなそれぞれに進学していき、今では晴美としか会うことがない。
高校時代から仲が良く、付き合っているのかと噂されたこともあったが、一度も付き合ったことはない。晴美は小顔でよく見たら整った可愛らしい顔をしているが、いつもショートカットで男勝りな性格なので、隆太も時々女ということを忘れてしまう。
「最近仕事はどうなんだよ」
「仕事はまぁ普通かな」晴美は大手の出版社で働いている。高校時代から憧れていた会社に就職できたものの、やりたかった雑誌の編集はできず、今は総務で働いている。
「結婚してやめようかな、仕事」
「なんでだよ」
「総務から異動できそうにないしさ」こういう弱気なことを言うときは結構お酒が入っている時だ。どうやら隆太が来る前からかなり飲んでいたようだ。
「まだ3年目だろ?せっかく憧れの会社に就職できたんだし、結婚を逃げ道にするなよ」
「・・・正論やめてよ」晴美は頬を少し膨らませたかと思うと、ぐっとビールを飲みほした。
「やりたい仕事が近くにあるのにできない歯がゆさはわかる気はするけどな」
「そうなんだよね。同期が雑誌の1コーナー任されたって聞いて悔しくてさ」
「だからって辞めたらどうにもならんだろ」
「・・・だから正論やめてって」
晴美は、豪快に焼き鳥を食べていく。隆太を男として見ていないのか、どう見られているか気にするそぶりもない。
「隆太はさ、結婚したら奥さんには家庭に入ってほしい?」
「ん-、別にそういう希望はないな。俺家事好きだし、共働きでも全然OK」
「ふーん、そっか」
晴美は少し考えて、「彼に言われたんだよね、結婚したら家庭に入ってほしいって」とぼそっと言った。結婚の言葉に隆太は少しドキッとした。
晴美のことが好きなわけではない。友達だ。
友人の結婚は喜ぶべきことなのに、少しもやもやする。
「それで?晴美はなんて言ったんだよ」
「考えとくって言った」
意外だった。晴美は白黒つけたがる対応なので、曖昧な返事をするとは珍しい。
「なんかさ、難しいんだよね。もう私たち26でしょ?もうすぐ27か。ここで嫌ですって結婚断ったらさ、この先また出会うことできるのか?って話じゃん。また一から恋愛するのもめんどくさいしさ」
「確かになぁ」
「女子はさ、子供産みたいってなったらどうしても年齢的に制約があるからさ。悩んじゃうんだよね~もう男子がうらやましい!」
晴美はそう言って、何杯目かわからないビールをくっと飲み干した。
確かに同僚も同じような話をしていて、今婚活に力をいれていると言っていた。
「ほら、あの子覚えてる?里ちゃん。あの子結婚してもう子供2人いるんだって」
「もう2人もいるのか、それはすげぇな」
「なんか羨ましいなとか思ったりしてさ」
「結婚して子供産んで育てるのも立派だけど、やりたい仕事について全力で取り組むのも立派だと俺は思うけどな」
「隆太ってそういうことさらっと言えちゃうよね」
「なんだよ?」
「いい男って言ってんの」
晴美はお酒を飲むと、「難しいよ」とつぶやいた。
「晴美、現実問題もあるかもしれないけど、仕事も結婚も子供も1度きりの人生なら、全部かなえられる相手探せよ。今妥協したら、結婚しても結婚したせいでなんて言うことになるぞ」
「・・・本当に正論しか言わないんだから」
「なんだよ、正論が悪いかよ」
運ばれてきた日本酒をおちょこに注ぎながら、「あのね、隆太みたいな優しくていい男はなかなかいないんだよ」そう言ってまたぐっと飲み干していく。
「そりゃどうも」
その後、帰るには酔いすぎているので、酔い覚ましに散歩して公園で水でも飲むことにした。
「コンビニ行くぞー」という晴美についていき、水だけじゃなく売れ残りの花火も買わされた。
「晴美、もう9月だから花火は季節外れじゃね?」
「うるさい」そう言って、晴美が公園のどこかからバケツを持ってきた。
こちらのことをお構いなしに「やるよー」と手持ちの花火とライターを隆太の方に差し出す。
「ったく、火くらい自分でつけろよ」
火をつけやると、花火がぱちぱちと光る。緑や赤、黄色と色を変えながら光っている。
そういえば、同じように季節外れに花火をしたことがあった。
あれは大学生の時だったか、あの日も突然晴美に呼び出されたのだった。
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