第14話エミリア、決意する


「あたし決めたわ。ルーカスと結婚する!」


 ブフッとお茶を吹き出し咳き込んだルーカスは、向かい側の席から正に信じられないと言った表情であたしを見た。


「ゴホッゴホッ・・お嬢様、それはまた新しいジョークでしょうか」

「どうして? この間も言ったじゃない。それにあたしはお母様の様な結婚はしないわ。好きな人とするの」


「お嬢様のお気持ちは嬉しく思います。私を好きだと思って下さるのは本当に嬉しく思いますが、それは好意を勘違いしていらっしゃるのです。結婚は恋愛感情から好きだと思える人となさって下さい」


「好意を勘違いするほど子供じゃないわ。あたし、ルーカスを見ると胸がドキドキして苦しくなるの。初めは病気だと思ったけど、お医者様はそうじゃないってはっきりおっしゃったわ。いつもルーカスの事を考えちゃうし、ルーカスに触れられると心臓がバクバクして顔が真っ赤になるのよ」


「そ、それでも・・私は年寄りです。お嬢様には全く相応しくありません」

「ルーカスがおじいちゃんって事くらい分かってるわ! でも好きになったんだから仕方ないでしょ!」


「お、おじい・・公爵様もお父様も反対されます。不可能です」

「それも分かってるわ。だからあたし、18になったら家を出るの。お小遣いも貯めておくつもりよ。仕事が見つかるまではそれで生活するの。大丈夫! ちゃんと考えてあるんだから」


「お嬢様がいくら私の事を好きでも、公爵家を捨ててまで一緒になるような価値は私にはありません」


 普段は温厚な笑みを絶やさないルーカスの眉間に皺が寄った。 


「何言ってるのよ、ルーカスはソードマスターでしょ? 戦争の英雄でしょ? 十分価値があるじゃない!」


「どうしてそれを・・」

「好きな人の事を知ってるのは当然なの。はいこれ、名前を書いておいてね」


 あたしがルーカスに渡したのは婚約証書。数年前に導入されたシステムで結婚詐欺を防止するための物だ。ちゃんと相手と結婚する意志があるという事を文書化したものだ。当事者同士が色々と話し合って、細かい取り決めを記入する欄がある。


 通常は国の登記所に提出して結婚する時に結婚証書と取り換える。この場合、双方合意の元なら途中で婚約破棄をする事も可能。

 

 でも国教会に提出すれば、今あたしが子供でもルーカスは他の人と結婚出来ないし、あたしも他の人と婚約したり結婚したり出来ない。しかも婚約破棄も認められない。破棄した場合は教会に届け出た神聖な約束を違えたとして二人とも投獄されるのだ。


 じゃあ一旦結婚してからすぐ離婚すればいいと思うでしょうけど、そんな事をしようものなら恥知らずの家門として教会からは追放され、社交界でもやって行けなくなる。平民なら村八分、貴族なら貴族社会から完全に孤立するのだ。


 あたしはもちろん国教会に提出するつもり。あたしの気持ちは本気だとルーカスに知らせたかったのよ。




____________




「えっ、老執事がソードマスターだったんですか?」


 スーザンは驚いて、口元に運ぼうとしていたカップを持った手が宙で止まっている。

 

 それもそのはず。この世界でもソードマスターは100人ほどしかいない特別な剣士だ。想像を絶する厳しい訓練と生まれ持った才能が無いとソードマスターにはなれない。


 ソードマスターは火や水、風、雷といったエレメントを剣に纏わせ強力な攻撃を繰り出すことが出来る。

 この力が発現した人だけがソードマスターとして認められるのだ。


「チャリティイベントでコカトリスを倒したのは、間違いなく雷のエレメントの攻撃だったわ。だからあの時居合わせたロスラミン副団長から聞き出したの」


 この国にいるソードマスターは7人。雷のエレメントを操るマスターは2人。そのうちの1人はルーカス・ギリゴール。姓は違うけど、お父様と同じ部隊に居た事があると聞いていたから、あのルーカスで間違いないだろうとロスラミン副団長が断言した。


「ルーカスはこの国の英雄なの。だから平民だろうが老人だろうが、私と結婚する資格は十分にあるのよ」


「まあ爵位は国から叙爵してもらう事も出来るでしょうから・・それにしても急ではありませんか? まずはルーカスの気持ちを掴む事を目指してらしたんでしょう?」


「それについては少し恥ずかしいのだけれど・・・・」




__________




 あたしがルーカスに求婚する少し前。


 


 今日がルーカスの誕生日だと聞いていたあたしは朝一番にプレゼントを渡したの。


「お誕生日おめでとう! ルーカスこれプレゼントよ」


 プレゼントは長方形の箱が2つ。ルーカスはとても喜んでくれたけど「ふたつもですか?」とびっくりして聞いて来た。


「う~ん、正確には1つなんだけど‥開けてみて!」


 リボンをほどいて出て来たのは1足の革靴。もうひとつの箱には同じ靴の左足だけが入っていた。


「あの・・左側だけ減りが早いでしょ? だから左側だけもうひとつ注文したのよ」


 左足の事を言及されて、ルーカスが嫌な思いをしないかと心配しながら、あたしはボソボソと呟いた。


 一瞬驚いた顔をしたルーカスはすぐ満面の笑みであたしの頭を撫でた。


「お嬢様は優れた洞察力をお持ちですな。それにこんなに気を使ってプレゼントを選んで頂いて本当に嬉しいですぞ」


「喜んで貰えて良かった! あたし、ルーカスが大好きだからよ!」


 喜んで貰えてあたしも嬉しくなり、屈んであたしの頭を撫でているルーカスに抱き着いた。


「ハハハハ、私もお嬢様が大好きですよ」


「ほんと? じゃああたしが大人になったら結婚してくれる?」


「お嬢様が大人になっても気持ちが変わらなければ、そうしましょう」


 ルーカスは軽い冗談で言ったのだと思う。冗談じゃないにしても大人になる頃にはこんな約束など忘れてしまうだろうと思っていたのかもしれない。


 でもあたしは本気と受け止めた。


 

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