第13話エミリア、いい子になる


 思いやりがあって聡明な人!


 これがあたしが目指す女性像よ。だからもう狂犬なんて言われない様に、少しくらい腹が立っても我慢しなくちゃ。楽しいイタズラも封印ね・・・・ちょっとつまんないけど。


 優しくするのとプレゼント作戦も続行よ! でも優しくしようと思わなくても、ルーカスが相手だと自然と優しくなっちゃうのはなんでかしらね。




 それからはあたしが大人しくいい子にしてるもんだから、周囲に変化が起きて来た。


 メイド達はあたしを前にしてもオドオドしなくなり、ちょっとしたミスや粗相もしなくなった。出入りの業者や庭師もあたしを見かけると気軽に声を掛けてくれるようになったのよ。


「お嬢様、おはようございます。今日はいい物をお持ちしましたよ」


 帽子のリボンの時に会ったことがある老齢の庭師が、そう言いながらあたしに布袋を手渡して来た。片手より少し大きい布袋の中身はピーナッツと穀類だった。


「東のガゼボの横にバードフィーダーを取り付けておきましたから、これを置いて下さい。今頃でしたらホオジロやシジュウカラあたりが遊びに来ますよ」


 あたしがよくあそこに行ってるのを知ってたのね! お礼を言って、早速ガゼボに向かおうと思ったけど、またアンがあたしを探すといけないから先に言っとかなきゃ。これもアンに対する思いやりよね。


「あのガゼボですか‥ではお昼までには戻って下さいませ。それと午後からはアンドーゼ先生がいらっしゃいます」


 アンは別段難しい顔もせず、あたしに懐中時計を持たせて、ガゼボに行くことを許可してくれた。


 庭師が言っていたバードフィーダーはバードバスの隣に設置されていたが、木で作られた階段式の踏み台も傍に置かれていて、あたしの背丈でもちゃんとフィーダーに餌を入れる事が出来た。


 ガゼボに戻って鳥が餌をついばみに来るのを、今か今かと待っているとルーカスが現れた。

 

「ご本をお忘れでしたよ」

「あっ、そうだった。餌に気を取られてすっかり忘れてたわ。ありがとうルーカス」


「素敵なバードフィーダーですね」

「踏み台まであるなんて最高よね。ルーカスもここで一緒に鳥が来るのを待たない?」


 庭師が言っていた通りにホオジロやあたしの知らない鳥が餌をついばみにやって来た。あれはスズメかホオジロか話し合ったり、ルーカスが届けれくれた本の内容について話していると時間はあっという間に過ぎて行った。


「いけない! お昼までには戻れってアンに言われてたんだわ」


 お昼までもう10分を切っている。ここからお昼食を頂くダイニングホールまであたしの足じゃ10分はかかってしまう。


「走るわよ、ルーカス!」


 言ってしまってからあたしは気が付いた。足を引きずって歩くルーカスに走るのは無理なんじゃ‥。


 足を止めて「ごめんなさい、あたし・・」と呟くと左足を少し引きずりながらも颯爽とした小走りでルーカスがあたしを追い越して行った。


「ディクソン夫人にどやされますぞ。さ、急いだ急いだ」


 呆気に取られて見ていると、振り返ったルーカスがウインクして見せた。ドキン! うっ! そんないたずらっぽい顔をして不意打ちかけるなんて卑怯だわ! 


 ドキドキする胸を押えて、あたしもルーカスの後ろを短い足で必死に走った。


 


 あたしの周囲に変化が起きたと言ったけど、それはあたしだけじゃなかった。午後から授業にやってきたアンドーゼ先生の話でそれが分かった。


「公爵家との契約は半年毎に更新する予定だったんですよ」


 それが今日来てみたらお母様に呼ばれて、1年の契約に伸ばしましょうと言われたらしい。あたしが大人しくなった時期とアンドーゼ先生が来た時期がちょうど重なっていたから、先生のお陰だとみんなが勘違いしたみたい。

 



「エミリア様はそんなにお転婆だったんですか?」

「そ、そんな事ないわ。みんな大袈裟に言ってるだけよ」

「子供は元気な方がいいんですよ。さて今日は歴史から始めましょうか」


 歴史を40分勉強して10分休憩。国語を40分勉強して5分休憩した後は絵を描くことになった。


「僕は絵画については素人なのでアドバイスは出来ません。お絵描きの延長として楽しみましょう」


 スケッチブックと色鉛筆やパステルが用意されていて、アンドーゼ先生も窓の外の景色を描き始めた。

 2~30分経った頃、ノックがした。


「あっ、おやつ休憩の時間ですね!」と嬉しそうにアンドーゼ先生は窓際の椅子から勢いよく立ち上がった。

 

 おやつは大抵メイドが運んでくる。エレンだったり違うメイドだったり色々なのに今日はルーカスが運んで来た。


「今日のおやつは何かなぁ~♪」


 アンドーゼ先生はウキウキしながらルーカスが運んで来たワゴンを覗きに行った。


「今日はフランボワーズのミルクレープですよ」セッティングもすっかり手慣れた様子のルーカスが先生と話している。


 あたしもテーブルについておやつを食べ始めると、あたしが書いていたスケッチブックにルーカスが気づいた。


「絵を描いていたんですね、これは何かな・・」

「ああっ、見ちゃダメ。ルーカス、だめっ」


 あたしの制止は間に合わず、ルーカスはスケッチブックを手に取っていた。


「これは・・黒い馬ですかな」スケッチブックを縦にしたり横にしたりしながらルーカスは見ている。


「やだルーカス、見たらダメだってば」あたしは慌ててルーカスからスケッチブックを取り返した。


「まだ途中なの、恥ずかしいからヤダ」


 スケッチブックを背中に隠すあたしにルーカスは絵が出来上がったら見せて下さいね、と言って勉強部屋を出て行った。


 もうミルクレープを平らげて満足そうにしながらあたしの顔をじっと見ていたアンドーゼ先生が言った。


「エミリア様、お顔が真っ赤ですね」

「えっ! そ、そんな事ないわ。先生の気のせいよ」


 先生はそれには答えず「食べ終わったらまた続きを描きましょうね」とだけ言った。





 翌週、かねてより婚約中だった王太子の結婚が発表され、国は一気に祝賀ムードに包まれた。


 公爵家も結婚式に招待されている。子供のあたしは出席しない。でも式用のドレスを買うお母様に連れられて城下町のブティックに今日は来ている。


 私達は個室に通され、何冊ものカタログや見本のドレスを見せられた。


「エミリアももうすぐ誕生日でしょう。その時に着るドレスを決めておきましょう」


 お母様がそう言ったせいで個室には子供用のドレスも大量に持ち込まれた。何着も着替えさせられ、1時間を過ぎた頃にはあたしは疲れて眠くなってきていた。


 お母様は精力的にドレス選びを続けている。ブティックのオーナーとのおしゃべりも止まらない。

 話題の中心はやはり結婚が決まった王太子や王太子妃についてだ。


「お母様、王太子妃になる方はどこで王太子様と出会ったの?」二人の話を聞いていて、あたしはふと思った事を質問してみた。


「出会ったわけではないわ。婚約はお二人がずっと小さな頃に家同士で決めた事なの」

「えっ、じゃあ王太子様は婚約者の方を好きじゃないの?」


 オーナーも子供らしいあたしの質問に微笑みを見せている。


「そんな事はないと思いますよ、エミリア様。でも好きで仕方ないというほどではないかもしれませんね」

「じゃあどうしてそんな人と結婚するの? もっと好きな人と結婚した方がいいんじゃないの」

「それは家同士で決めた事だからよ。高位貴族や王族の結婚はそういう物よ」


 貴族の結婚も?! お母様も? まさか‥あたしも?!


 帰りの馬車の中であたしは更に質問してみた。


「お母様も家同士が決めた結婚をしたの?」

「いえ、私はお見合いね。公爵家に入ってくれる人で一番良さそうなダーモットを選んだの」


「あたしもそうなるの?」

「大丈夫よ、私がいい条件の相手を見つけてあげるわ。公爵家の婿に相応しい人を見つけてあげる」


「あたしは好きな人と結婚したいわ」


 あたしがそう主張するとお母さまは少し困った顔をした。


「う~ん、そうもいかないわよ。あなたは公爵家の跡取りなんだから。家柄に隔てが無く真面目で従順な人を見つけなければ。公爵家を率いて行くあなたの邪魔をしないようにね。よそで子供を作られても困るからそういった‥ま、あなたにはちょっと早い話だったわね」


 とりあえず私に任せておきなさい、とお母様は言った。そしてあたしに結婚したい人が出来ても、その人がお母様のお眼鏡にかなう人物じゃないと難しい、と釘を刺されてしまった。

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