第12話エミリア、アンドーゼ先生にアドバイスを求める


「ルーカス、今日はポニーに‥グリーンに乗せて欲しいの」


 朝食後、あたしの部屋の片づけをしていたルーカスは快諾してくれた。


 あたしは先に厩舎に向かい、ルーカスが来るのを待った。足元には例の箱が置いてある。ルーカスが来るなりあたしは言った。


「じゃ~~~ん! 見て、青リンゴよ!」

「一箱も! 凄いですね。グリーンの為に探してくれたのですか?」

「そうよ! エレンと一緒に市場を巡って探したの」


 グリーンの為というよりルーカスに喜んで欲しかったからだけどね。


 厩舎からグリーンを連れて来たルーカスが、箱からひとつリンゴを取り出してあたしに手渡した。


「お嬢様がグリーンにあげてみませんか?」

「ど、どうしたらいいの?」


「そのまま口元に持って行って下さい」


 あたしは恐る恐る手に持ったリンゴを差し出した。グリーンはリンゴに噛みつき、パリッパリッといい音をさせて食べている。小さめのリンゴは3口で無くなった。


「美味しかった? グリーン」

「喜んでいるみたいですよ。良かったなグリーン」


 やった! 今回はきっと成功よね!? リンゴの汁で汚れたあたしの手を拭いているルーカスが嬉しそうにしてるもの! 




 この勢いで行くわよ! 作戦その3!

 ・・・・考えなくちゃ! 実は作戦は二つしか考えてなかったのよね。


 考えなくちゃ・・考え・・考え・・思いつかない。本に何か書いてないかしら。


 図書室に直行するあたし。『レンアイ小説』を読めばいいわね。でも何冊かパラパラと読んでみたが、困ったことに女性から男性ヘアプローチするお話がない。


 本の中では女性の気を引くために沢山の花や高価なプレゼントを贈ったり、観劇やオペラのデートに誘ったり、舞踏会でダンスのパートナーに志願したり・・。だけどこの中のどれをルーカス相手に実行しても上手く行くとは思えないわ。


 読書用のデスクには本が積み重なっていくが、いいアイデアが無い。悩んでいたあたしにノックの音は聞こえなかった。


「家庭教師の方がいらっしゃいましたよ」


 そうルーカスに声を掛けられてあたしは飛び上がった。


「わっ! ああビックリした。い、今行くわ」

「失礼しました。ノックはしたのですが・・」

「いいの、いいの。あたしが聞き漏らしただけなの」


 そのまま行きかけたが、デスクに散らかった本の事を思い出した。こんな内容の本をルーカスに見られたら恥ずかしいわ。慌てて本を抱えたが、持ち切れる数をとうに越している本は、あたしの手からこぼれて床に散乱した。


 あたしの制止より先にルーカスは本を拾おうと屈んだ。


「あっ、大丈夫。後で自分で片付けるからそこに置いておいて」


 拾い上げた本をデスクに戻したルーカスはいつもと変わらず笑みを浮かべて「では失礼致します」とだけ言って出て行った。


 ふう~、あたしみたいな子供がこんなレンアイ小説ばっかり読み漁ってるなんて思われたくないものね。



 シーナ先生の代わりにあたしの家庭教師になったのはロバート・アンドーゼ先生。

 年齢はシーナ先生と同じ30前後に見えるが、シーナ先生とは真逆のマイペースな先生で全然掴みどころがない。小麦色の肌に大きな眼鏡をかけている。髪はきちんとセットされておらず、あっちこっちハネていた。洋服もいつも同じ物を着てる気がするわ。


『あ、その問題は適当に流しちゃっていいですよ~』なんて言ったり、『さすが公爵家はおやつも豪華ですよね。僕はこれだけが楽しみで仕事やってるようなもんです』って平気でアンの前で笑ったりしてる。アンは冷ややかな眼差しで先生を睨んでたっけ。


「アンドーゼ先生はなんだか‥ゆるいわよね」

「僕は男爵家の3男ですからねぇ、肩ひじ張って生きる必要がないんですよ。生活していける程度の仕事があって、気の合う女性と結婚して、普通の生活が送れたらそれでいいんです」


「ふうん、そういうものなの」

「本当は面倒なんで結婚もしたくないんですけどねぇ」


「あたしは公爵家の跡取りだからお婿さんを貰わなくちゃいけないわ」

「大変そうですねぇ」


「だからこうやって勉強してるのよ」


 先生はあたしの事を立派ですねぇ、といたく感動して褒めていた。でもちっとも嬉しい気分にならないのは何故かしら。


「本心から言ってる様に聞こえないわ」

「それは心外だなぁ。僕はいたって本気ですけどね」


 じゃあアドバイスが欲しいと、あたしは先生に聞いてみた。アンドーゼ先生なら面白い事を言ってくれそうだわ。


「好きにさせる作戦ですか。う~ん、そんな事考えた事もないし、された事もからなぁ。優しくしてみたりプレゼントを贈ったりしたんですね。んーじゃあ、その人の理想に近づいてみるのはどうですか?」


「理想?」

「そう。誰だって好みの人が目の前にいたら、好きになっちゃうと思いませんか」


 なるほど! 結構まともな返事が返って来たわね、アンドーゼ先生!




_________




「ルーカスの好みってどんなの?」


 その日の夜。ベッドに入ったあたしに、毛布を掛けるルーカスに早速質問してみたわ。


「あまり甘ったるい物は苦手ですね。肉なら鶏肉が・・」

「ちが~~う! 食べ物じゃなくて人よ。どんな女性が好みか聞いてるの!」


 なんの脈絡も無い突然の質問にルーカスは目を丸くして驚いていた。だからか、少し間があった後こう答えた。


「‥思いやりがあって聡明な方に好感を覚えます。見た目はあまり気にしません」

「思いやり‥優しい人って事?」


「そうですね、優しさも大切ですが、思いやりは相手の事を一番に考えて行動します。ただ優しさをばら撒くのではなく、その人の為を思いやって行動できる人が素敵だと思いますね」


「ルーカスは思いやりがあるわね」

「そうですか?」


「うん。あたしはそう思う。いつもあたしの気持ちを考えてくれてる‥から‥」


 ルーカスの優しく、思いやりのある声を聴きながらあたしは眠りに誘われて行った。




 

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