第11話エミリア、作戦を開始する
よし、そうと決まったら行動あるのみ! ルーカスにはあたしの事を好きになって貰うわ!
まずはあたしと一緒にいる時間を増やさなくちゃね。
「お母様、ルーカスをあたし付きの執事にして下さい」
「えっ、ウォーデンさんを? 何故かしら?」
「チャリティイベントの日、ルーカスはあたしを助けてくれました。そのお礼に執事見習いからあたし付き執事に昇格させてあげたいんです」
お母様に対する言い訳はちゃんと前もって考えて置いたわ。
「そうね、ウォーデンさんが屋敷に来てからもう1年近くになるし執事見習いは卒業してもいい頃ね」
「じゃあ!」
「・・でもエミリア付きの執事にする必要はないわ。あなたにはアンがいるでしょう?」
「アンは最近ずっと忙しいんです。だからもう一人必要です!」
「そうねぇ、ではアンがまた通常に戻るまでの処置としましょう」
「ありがとうございます!」
ルーカスをあたし付きの執事にしてもらった日、さっそくお茶の支度をルーカスに任せる事にした。
「ルーカスもそこに座って」
お茶をカップに注いでいたルーカスは少し驚いた顔をした。
「一緒にお茶をしようって言ってるの」
「執事と向かい合ってお茶をするのですか?」
「そうよ。あたしがそうしたいんだもの、いいじゃない」
これは作戦その1。名付けて『優しくしてあげる!』よ。誰だって優しくされたら嬉しいもんでしょ。
「ルーカスはどのケーキが好き? あたしが取ってあげるわ」
「ケーキですか。わたしはあまり甘い物は好みませんから・・」
「せっかく! せっかくあたしがっ!」
「あっ、では‥そのチーズケーキを」
チーズケーキは3段構えの大きなケーキスタンドの真ん中にあった。
取ろうと手を伸ばしたけど届かない。椅子から立ち上がっても微妙に届かない。あたしは椅子の上に立って精一杯腕を伸ばし、ケーキ用のトングでチーズケーキをお皿に移そうと頑張った。
ケーキはかろうじて掴めた。でもケーキをお皿に乗せようとした瞬間、足元がぐらついた。
「あっ」
椅子の上でバランスを取ろうと腕を振り、踏ん張ったおかげで転ぶことはなかった。トングもしっかり握ったままだ。
「ふう~危なかった。あれっケーキがない!」手にしたトングの中にケーキがない!
目の前のルーカスはあたしが椅子から転びそうになって慌てて立ち上がっていた。あたしがキョロキョロとケーキを探しているとルーカスが立ったまま言った。
「こちらに・・」
ルーカスの指さす方へ視線を移すと・・あああああ、ルーカスの頭の上に崩れたチーズケーキが見事に乗っかっていた。
苦笑いしているルーカスは頭の上からチーズケーキを取って自分のお皿の上に戻した。
「お嬢様はどれがよろしいですか? お嬢様の分は私がお取りしましょう」
頭の上にケーキの欠片を付けたままなのにルーカスは優しく言った。カァァ~~ッ! また自分の顔が赤くなっているのが分かる。
だめじゃない、あたしを好きになって貰う為に優しくしてるのに、あたしがもっと好きになってるじゃない!
次よ、次! 作戦その2、『これ受け取って!』プレゼント作戦よ! 優しくするといっても分かりにくいわ。やっぱり形で表すのが大事よ!
ルーカスが欲しい物をプレゼントして喜んで貰うわ! でも何が欲しいのか分からないわね・・。
「ねえルーカス、この公爵家に来て1年が過ぎたけど何か困ってることは無い? 足りない物とか・・」
「特に無いですね」
そ、即答なの? それじゃあたしが困るのよ!
「服はどう?」
「制服がありますし、普段着は少しで足ります」
女だったら宝石やら流行のドレス、化粧品に香水やあれやこれや‥欲しい物が沢山あるけど、男の人の欲しい物なんてさっぱりだわ・・。
「じゃあ・・懐中時計とか指輪はどう?」
「宝飾品は身につけないですね。仕事の邪魔になりますから。懐中時計は1つ持っています。ひとつあれば十分ですからね」
「何か・・何か欲しい物はないの?」
「そうですねぇ・・」
ルーカスは考え込んで、何度も首を左右に捻っている。
じゃあもう仕方ない、最後の手段。現金よ、現金!
「お給金は足りてるの? 貯金をしたらお小遣いが全然ないとかじゃないかしら?」
でも彼は余裕の笑みを浮かべて言った。「貯金は十分あるんです。以前の仕事では使う事がほとんど無くて貯まる一方でしたから」
あああ~これじゃあプレゼント作戦も失敗に終わりそうね。あたしがガックリしてるとポンっとこぶしで手の平を叩いてルーカスが言った。
「そうだ! ひとつありましたよ!」
「えっ、何? なに?」
「グリーンにあげるリンゴが足りないのです」
え? リンゴなの? それにグリーンって誰?
「グリーンはお嬢様のポニーの名前です。グリーンはリンゴが好物なのですが、青りんごしか食べないので、それを探すのに苦労しています」
あのポニーの名前も知らなかったけど馬にそんな食べ物の趣向があるなんてもっと知らなかったわ。
とりあえずルーカスが青りんごを探しているならそれをプレゼントするしかないわね。
翌日あたしはエレンを従えて街の市場へ繰り出した。
果物なんて普通なら公爵家出入りの業者に依頼したり、従者に買いに行かせたりするものだけど、そこは自分の足で買いに行かなくちゃね。あくまでもあたしからルーカスへのプレゼントなんだから。
・・・・でも。
「青りんごってこんなに売ってないのぉぉ」
あたしとしたことが青りんごを甘く見ていたわ! 屋敷から一番近い街で探してみたら1個も無いなんて!
「平民の間ではどちらもよく食べるんですけど、貴族社会では赤いリンゴしか食べないらしいんです。公爵家の屋敷は王城に近しい都市部にありますから、貴族向けに赤いリンゴばかり置いているみたいです」
八百屋から聞いて来た情報をエレンが教えてくれた。
「もう少し大きな市場へ行くわよ。見つけるまでは帰らないわ!」
城下町には大きな市場が幾つもある。以前、首輪を買いに来た宝飾品店も城下町の店だ。
市場の八百屋を巡る事2軒、3軒、4軒目でやっと一箱の青りんごが見つかった。小ぶりのリンゴが24個入っている。本当はもう一箱欲しかった。でも広い城下町を歩き回ってあたしはへとへとに疲れていた。
「今日は一箱で勘弁してやるわ。待ってなさい青りんご! 次は絶対2箱見つけてやる!」
4軒目の八百屋を出ようとした時ふと棚に並べられた瓶に目が行った。ジャムの瓶だ。
「ねえエレン、このジャムも買うわ。色んな種類を混ぜて10個包んでもらって頂戴」
会計を済ませたエレンはジャムが入った箱を抱えて出て来た。
「あ、あそこに馬車が迎えに来ていますね。ジャムも積み込みます」
瓶詰の重いジャムの積み込みを手伝った御者が、帰宅の確認をしてきた。
「ううん、まだ帰らないわ。この前に行った宝飾品店の辺りまで行って頂戴」
目的地に着くとあたしは御者とエレンにお使いを頼んだ。
「あそこに花屋があるでしょ? その裏の家にこのジャムを届けて欲しいの。パンをご馳走になったお礼に、って言っといて」
エレンも御者も不思議そうな顔をしていた。でも戻って来るなりエレンは興奮気味に話し始めた。
「とても喜んでいましたよ! お嬢様位の年頃の男の子と妹だという小さな子が『ジャムだ~!』って飛びあがって喜んでました。母親は何度も何度も頭を下げて・・私は使いで来ただけですからと言ったら、お嬢様によろしくお伝えくださいと言ってました」
「しばらくは日曜以外にもジャムを食べられそうね」
「えっ?」
「なんでもないわ。さ、帰るわよ」
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