第7話エミリア、お仕置きをする
あたしがルーカスと屋敷に戻ると、案の定お母様に呼び出され叱責を受けたの。
「エミリア、あなたはまだ子供だけれどこの公爵家を背負っていく大切な跡取りなのよ。お買い物もいいけれど勉強をおろそかにしてはいけません」
「はい、お母様」
「きちんと反省しているの?」
「はい、反省してます」
「では下がっていいわ」
「あの、お母様」
「なぁに?」
「今度、私をお母様の乗馬クラブに連れて行ってくれる約束は・・」
「ええ、忘れていないわよ。それにしてもあの乗馬クラブはどうしたものかしらねぇ。評判はそこそこだけれど当初の予定より収益が上がっていないのよね。それに比べて経費は思ったよりかさむし・・。あらエミリア、まだいたのね。もう下がっていいのよ」
お母様の頭の中はもう乗馬クラブの経営で一杯だ。これ以上は話しかけても無駄ね・・。あたしは大人しく自室へ引き下がった。
翌日、あたしはガゼボで出会ったメイド二人を自室に呼びつけた。昨日の事もあり、二人共怯えた様子をしている。
「えーと、あなたがエレンね。そっちが・・」
「ジェナです」
あたしの事をチビの狂犬呼ばわりしたのがジェナね。さーてどこで泣き出すかしら・・。
「あたし昨日買い物に行ったのよ。買って来た物を見せてあげようと思って」
あたしがニコニコしてるものだから二人も少し気を緩めたみたい。お互い顔を見合わせながら「はい、ありがとうございます」と喜んで返事した。
テーブルに置かれた箱を開けて中身を取り出したあたしは、それをエレンに渡した。「これよ。エレン、あたしに付けてくれる?」
手にした物を見たエレンは一気に青ざめた。
「この‥首輪を‥わ、私がですか?」
「そうよ。狂犬には首輪が必要だものね」
そう、あたしが買って来たのは犬の首輪。あの宝飾品店で寝そべっていた犬が付けていた首輪にルビーのチャームを付けた特別製よ。
首輪を受け取ったエレンの手はガタガタと震えている。手が震えて上手く首輪をつけられない程に。
「どうかしら、似合う?」
エレンはあたしの後ろで身じろぎもせず直立して、ジェナは下を向いたままだ。
「もう一つ買って来た物があるの。ジェナの口はよく滑るみたいだから・・」
そう言いながらもう一つの箱と革袋から取り出したのは小さめの金づちと釘だ。
「これ、靴の裏に打ち込む滑り止めの釘なのよ。ジェナの口に滑り止めを付けてあげようと思って」
あたしが金づちを手に取るとワァッとジェナが泣き出した。「お許しください! 悪気は無かったんです、本当に・・お許しください!」
そうね、泣くタイミングはここよね。予想通りだわ。
さて今日の救世主は誰かしら・・廊下に出るドアは開けてあるの。部屋の外に声が聞こえているはずだわ。
ドアがノックされた「お取込み中、失礼致します。ピアノのお時間です」
執事長のジョージだった。あたしは金づちをテーブルに置いて椅子から立ち上がる。
「もうそんな時間かぁ。これ片付けておいてねエレン」
お仕置きはこんなものかしら・・まだしゃくり上げているジェナを置いてあたしは音楽室に向かった。
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「エミリア様って本当にお転婆でしたのね」
「今は違うって事よね?」
「今は・・どうでしょうかしら?」スーザンはクスッと笑った。
「私は小さい頃のエミリア様を存じませんが、今でもじっと窓辺に座っていらっしゃるとお人形の様ですわ。でも時々イタズラっぽい笑みを浮かべてらっしゃる時があるのを私は知っています。今ならその理由が分かる気がしますわ」
「考えている事を行動に移さなくなったのは、分別が付いた証拠かしら?」
「ふふ、そうですわね。それで・・その後はどうなりましたの? コカトリスに襲われた後は?」
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コカトリスが屋敷を襲ってから数か月が経った。あれ以降は屋敷の警備が更に強化され、何事もなく平穏な日々が続いていた。
今日はこれから外国語の授業。気取ったお髭の先生と会うのは授業をサボったあの日以来だわ。
あたしは教室に入って不機嫌そうな先生の前で、礼儀正しく淑女のお辞儀をして言った。「この間はお休みしてごめんなさい」
反省してる振りをしてニッコリと笑いかけると、外国語のパロット先生はすぐ機嫌を直して「では授業を始めましょう」と立ち上がった。ふふ、ちょろいわ!
授業が終わる頃、メイドがお茶を運んで来た。
「この間のお詫びに美味しいコーヒーを用意しました。どうぞお召し上がり下さい」
パロット先生は甘い物やクリームが大好きなの。―だからあんなにお腹が突き出てるのね―あたしが用意させたクリームがたっぷり盛られたアインシュペナー(ウインナコーヒー)を美味しそうに飲み干した先生は上機嫌で部屋を出て行った。
先生が部屋を出るとあたしもすぐ後を追いかけて部屋を出た。こっそりと先生の後をつけて歩くと案の定、先生とすれ違う人々が笑いを堪えたり、少し離れてからクスクスと笑っている。
なぜかって? 先生ご自慢の立派な口髭には生クリームがたっぷりついているのだ!
「あ~面白かった!」
「何が面白かったのですか?」
ぎょっとして振り向くと鍵束を握ったルーカスが後ろに立っていた。
「なんでもないわ。それよりあんたはどこへ行こうとしてるの?」
「私は地下のワインセラーに行く所です。日課の温度点検ですね。それと夕食用のワインを取ってきます」
「へえ~ワインセラーの鍵を預かってるんだ‥」
普段ワインセラーの鍵は執事長のジョージが管理している。銀食器が入っている食器棚の鍵もそうだ。
お母様が言っていたけど、銀食器や高価なワインなど金目の物の管理は信頼できる者にしか任せないそうだ。そうよね、鍵があったら好き放題、山ほど盗んで夜逃げ、って事もありうるわ。
ルーカスはまだ入りたての執事見習い。それなのにもう鍵を任されるなんて余程信頼されてるのね。
この間コカトリスをやっつけたのもそうだけど、この不思議な初老の執事見習いに興味が湧いたあたしは一緒に地下に行くことにした。
「灯はありますが足元に気を付けて」
「あんたもね」
ワインセラーには初めて入った。ひんやりとした空気が頬に気持ちいい。もっと暗くてかび臭い場所かと思っていたけど。そして大きなワイン樽が幾つかと、無数のワインボトルが整然と並んでいる様は壮観だった。室温をチェックしているルーカスにあたしは尋ねた。
「今日はどんなワインを持って行くの?」
「今日はダーモ・・旦那様がお帰りになるので、旦那様のお好きな辛口の赤を・・」
「お父様が帰って来るの?!」ルーカスに皆まで言わせず、あたしは聞いた。
「はい。とても嬉しそうですね」
「当たり前よ! お父様は最高よ!」
お父様はあたしにはとても優しい。でも軍人であるお父様はいつも魔物討伐の遠征に出ていて家に居る事は稀だったの。
「辛口の赤はどこ? あたしがお父様の飲むワインを選ぶわ!」
お父様が帰宅することに気を良くしたあたしは、ルーカスに余計なことまでペラペラと喋った。
「日曜日にはね、お母様が経営してる乗馬クラブに連れて行って貰うのよ。もしかしたらお父様も一緒に行って下さるかもね!」
「それは楽しみですね」
今日の夕食が楽しみだわ。あたしの選んだワインをお父様は美味しいと喜んでくれるかしら? 乗馬クラブの話をしたら、3人で行こうと言ってくれるかしら?
でもそんな期待は儚くも打ち砕かれる事になる。
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