第22章 陥落の誘導者
動物園を満喫し、帰路につく。帰りの運転を一任された博司は高速道路を走っていた。
後部座席には朱美、来海、司の三人が横並びに座り、寝息を立てていた。
助手席には長女の美聡がスマーフォンを操作している。どうやら、SNSに動物園で撮った写真を投稿しているようであった。動物だけが移っている写真や人が移っていたとしても手元だけのものを選ぶところ、しっかりとメディアリテラシーが備わっていることに感心する。大学内では、毎年一定数この手のトラブルが起こるため長女の出来の良さには脱帽する。
「親父、この先のサービスエリアによってくれる?」
「ん?わかった」
長女の申し出を受け、少し先にある大き目のサービスエリアに入る。
「母さん、来海、司。サービスエリアについたけどトイレとか大丈夫?」
美聡が後部座席の3人に声をかける。テニス部で遠征に行くこともあり、さすがの気遣いである。
「う~ん。美聡、ありがと。二人ともトイレは大丈夫?」
美聡の呼びかけに朱美が答え、再度両側の次女・三女に問いかける。ぐっすり眠る二人はまるで起きる気配がない。
「大丈夫みたい。私も大丈夫だから、行ってきなさい。」
「わかった。ちょっと行ってくる。親父も車で待ってて。」
「一人で大丈夫か?」
「何歳だと思ってるの。エンジン切ったら車の中暑くなるでしょ?エンジンかけっぱで親父も待ってて。」
そういって、長女は車を出てサービスエリアの売店に入っていった。
「本当に美聡はしっかりしてるわね。」
「まったくだ。誇らしいけど、なんでだろう。悔しい。」
「ふふ。でも、性格はひろくんそっくりよ。」
「そうか?俺はそうは思わないけど。」
「美聡と同じこと言ってる。」
どうやら、過去に同じような話題になったことがあるようで、その時の美聡と先程の博司の回答が同じであったようだ。朱美は限られたスペースで伸びをし、続けて博司に声をかける。
「この子たちは私が見ておくから美聡の方に行ってあげて。」
「え、でも一人で大丈夫だって言ってたぞ。」
「それは、私たちを気遣ってでしょ?ここ最近、大学にこもってたんだからたまには親子水入らずで話してきなさい。」
朱美に言い切り口調で言われ、博司は美聡の元へ行くことにした。言い切り口調になってしまった朱美にはなぜか誰も勝つことができない。朱美が的場家のトップと呼ばれる所以である。
博司は車を降り、お土産屋に入る。売店に飲食店、観光情報の掲示板などそこそこの規模のサービスエリアで美聡を探していると、出入り口付近の出店に並ぶ美聡を見つけた。
「麦茶3本ください。」
「はいよ、600円ね。」
店主が合計金額を伝えると同時に氷水で満たされたクーラーボックスからペットボトルの麦茶を3本取り出す。
「えーと、600円っと・・・」
「これで、あとカップのソフトクリーム2つ追加で」
「はいよ!ちょうど1000円ね。」
財布の小銭を漁る美聡の横から、博司が1000円札を店主に差し出す。同時にソフトクリームを追加注文した。
「親父!?」
店主から最初に麦茶を受け取り、ショルダーバックに入れる。その後、ソフトクリームを受け取り、美聡とともに建物から少し離れたところにあるベンチに向かい腰を下ろした。
「親父、車で待ってろって言ったじゃん。」
「朱美に美聡のところに行ってこいって言われてね。ほら、言い切り口調になるともう敵わないからさ。」
「ふーん。じゃあ仕方ないか。ありがと。ソフトクリーム。」
美聡が、ソフトクリームを口に運ぶ。よく見ると、たくさんのお土産が入った大きな紙袋を持っていたようであった。
「随分たくさん買ったな。」
「え?あー、これ?生徒会のみんなと部員たちでしょ?あと、友達には・・・これ。」
紙袋の底を探り、ご当地キャラクターのキーホルダーを取り出す。いつもの一緒にいる仲良しグループに渡すものであった。
「お金、結構使ったんじゃないか?言ってくれたら買ったのに。」
「わかってないなー。そういうのは、自分で買うから意味があるの。それに、私バイトしてるし、使った分、また頑張って稼げばいいだけでしょ?」
博司は、また納得させられてしまった。バイトに明け暮れて勉学が疎かになっていれば問題なのだが、成績上位であることも相まり説得力が増しているわけである。博司は家庭内順位が本当の意味で一つ下がる前兆を強く感じることになった。
沈黙の時間が流れ始めた直後、美聡は博司の方を向き直す。
「親父、言ってなかったことがあるんだけど。いい?」
その眼差しは決心や覚悟と似たようなものを感じた。
「もちろん。どうした?」
「例の昏睡状態のことだけどさ、生徒会長選で私に負けた先輩がそれだって話はしたと思うんだけど。」
「そういえば、話してくれてたな。」
「副会長の彼女だった。一緒に生徒会のツートップを張るつもりだったらしい。」
「そりゃ、厄介な繋がりだな・・・もしかして、何か嫌なことされてるのか?」
的場の経験上、いじめに発展している可能性を疑うには充分であった。生徒の中心的存在感を放つカップルである。学内でもそこそこ有名人であるし、仲間も多いだろう。
「親父。私がそんなに弱っちい奴だと思う?」
「思わない。」
博司は即答した。お世辞なしで美聡の人間としての強さは、目を見張るものがあったからである。
「厳密に言えば、元副会長。今は違う。」
「任期はまだあるだろ?」
「私、的場 美聡生徒会長の崇高な業務を幾度となく妨害してきたからね。スマホで証拠集めて引きずり降ろしてやった。生徒会規則どころか校則にも抵触していたから、そんなに時間はかからなかったけどね。今は、生徒会傘下の学校行事実行委員会の副委員長やってる。」
実行委員会。学校行事の度に組織される期間限定委員会のことである。副委員長ということは差し詰めその数少ない固定メンバーのことだろう。わかりやすく言うと中間管理職。学校は小さな社会と呼ばれているものの、その構図がより複雑によりリアルになっていることに博司は心の中で驚愕した。数年現場から離れただけでここまで変わるものなのか。
「それにしてもなぜ急にそんな話を?」
「本題はここから」
美聡が口を開く。その話は実に的を射ており、昏睡状態が心因性であることへの示唆であった。
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