第21章 起点は直感、結果は因果

動物園を巡り終わり、古間達の温泉旅行は終わりを告げた。古間の運転で帰路を走る。

しばらくたつと、運転手の古間以外のメンバーはぐっすりと眠ってしまっていた。

ついさっきまで、頑張って起きていてくれていたわけであるが、眠気が限界を超えてしまったようだ。古間の彼女である室橋も時折、助手席で眠ってしまうことがあるため、古間にとっては、既に慣れたものであった。

この旅行で、中田が田嶋研究室で随分と浮いた存在であることが明らかになり、例の昏睡状態が心因性であると仮定し古間は思考を巡らす。

「心因性で声が出なくなることもあるらしい。あり得なくはないだろう。」

事の発端は何かは置いておいて、なぜ、中田は田嶋研究室に来たのかである。思い返せば、理科分野全体の顔合わせ会の時点で既に様子がおかしかった。ということは、本心から理科教育の道に進むことを望んだのではなく、何かしらの目的があったと考えるのが自然である。田嶋は元々、農学部の教員で白神の指導教員。そして、室橋を作品の盗作被害から救ったこともある。当然、古間とも面識がある。そう考えると、軽音サークルのメンバーと何かと繋がりがあることに気づく。しかし、中田との接点は見えない。音羽とも接点は見られないが、あまり関係ないだろう。古間は、白神と仲が良かったため、田嶋におまけ程度には認知されていた。室橋の件は、室橋から直接聞いていた。しかし、中田はどこで田嶋に近づこうと決めたのか?

「もしかして、知っていたのか。」

自分の知らない所で、自分以上の情報を知っていたのであれば、そこに田嶋に近づく動機がある。そうであれば、この考えは単なる直感ではなく、因果関係という根拠が生まれる。一度、頭を冷やすためにも休憩を兼ねて、近くのサービスエリアに立ち寄る。眠気覚ましのドリンクを一気に飲み干し、流れるようにスマートフォンを手に取る。通話アプリを開き、一番上にある室橋のアイコンをタップした。しばらくの発信音の後、室橋の声が聞こえる。

「もしもし、颯人?どうしたの?」

「雪乃。少し確認したいことがあって、雪乃の作品が盗作されそうになった時のことだけど・・・」

「・・・えーっと。いいけど、急にどうして?」

「少し気になることがあって、あの件のこと、的場先生と田嶋先生、あと俺以外に知ってる人いる?誰かに話したとか?」

「うーん・・・実はね、あれが解決した後に田嶋先生から言われたんだけど、盗作しようとした学生たちには当然処分が下されるけど、これ以上大事にしないようにって言われて、あまり他の人に話してないんだよね。でも、音羽ちゃんと未央ちゃんは知ってるはず。あの件が発覚した時にまず二人に相談したから。」

「・・・そうか。」

音羽と中田も知っていたようである。しかし、古間は室橋が、先ずあの二人に相談を持ち掛けていたことに複雑な心情を抱いた。

「そういえば、今、私の家に音羽ちゃんが来てるの。今、スピーカーにするね。」

「え!?」

「古間さん。お久しぶりです。」

「音羽!?ほんとに音羽だ。留学してたんじゃなかったのか?」

「夏季休暇です。とは言え、そろそろ終わるので今週末には戻りますが。」

突然の意外な人物の登場に思考が追い付かない古間を無視して音羽が話を続ける。

「雪乃さんとの通話、隣で聞いてました。今さら何を気になることがあるのか分かりませんが、私は芸術学部で音楽家の卵なので、作品の権利については詳しいのです。だから、雪乃さんが、最初に私を頼るのは至極当然の選択かと。」

音羽の話しぶりから、古間は、自分が知っている音羽から何一つ変わっていないことに安堵しつつも絶妙に感情を逆撫でしてくる言葉選びに何とも言えない気持ちになった。

「音羽・・・お前本当にいい性格してるよな。」

「?・・・雪乃さんにも同じこと言われました。お二人は本当に仲良しですね。」

「ちょっと音羽ちゃん!颯人は今、旅行帰りでしょ?もう家に着いた?」

室橋が音羽を制し会話の主導権をもぎ取る。

「もう少しかかるな。」

「明日、私の家に来ない?音羽ちゃんもいるし、フルメンバーじゃないけどサークルのみんなでゲームでもしよ?あの頃みたいに。」

「そうだな・・・そうしよう。」

「じゃあ、決まり!安全運転でね!」

通話を終え、車内に戻る。エンジンをかけ、再び道路を進む。旅行メンバーを家に送り届け、古間も自宅に入る。服を脱ぎ、洗濯機に放り投げ、スイッチを押す。部屋着に着替えベッドに横になると、そのまま、深い眠りに落ちていった。



「颯人、タロを散歩に連れてってやって。」

「はーい。タロ、行くよ!」

「ワンワン!」

母に言われ、飼い犬のタロと一緒に近所の道を歩く。妙に足取りが軽く感じた。

「・・・海?」

どのくらい歩いただろうか?気付けば視界の中に海が広がっていた。

「いつの間に随分遠くまで来たな。」

足を止め、タロと海を眺める。

「古間さん?」

自分の名を呼ぶ声がする。振り返り、声の主と目が合う。

「あ、えーっと、2組の・・・」

「■■■■です。奇遇ですね。」

隣のクラスの女子生徒。彼女もまた、犬の散歩をしていた。

「よくここに来るんですか?」

「いや、休日だったからたまたまで・・・」

「えへへ、私もです。そうだ、日曜日はここで会うようにしませんか?」

「え!?・・・別にいいけど」

「じゃあ、決まりね!」

「待って、これ・・・一応・・・連絡先・・・部活とかあるかもだから。」

古間は帰ろうとする彼女を呼び止め連絡先を交換する。

「ありがと!また来週ね!」

週一で会う不思議な関係がはじ・・・・あれ?

タロってもういないよな?


古間は目を開ける。スマートフォンに手を伸ばし時間を確認すると12時を指そうとしていた。時間の経過が、随分長く眠っていたことを静かに証明していた。

メッセージが届いていることに気づき、アプリを起動し確認する。音羽からのメッセージであった。


音羽)おはようございます。起きてますか?

   13時頃にお迎えに上がりますので、準備をしておいてください。

   雪乃さんの作ったサンドイッチ、美味しかったです。


「一言余計なんだよ。羨ましいな。」

吐き捨てるように独り言を呟くと同時に残された時間が1時間もないことに気付く。

「やっべ、急がなきゃ。」

急いで、お風呂に入り、準備を整える。自宅の前で待っていると一台のバイクが古間の前に止まり、バイクの主は古間にヘルメットを投げ渡す。

「古間さん。これ被って乗ってください。」

「音羽!?」

言われるがまま、ヘルメットを被り音羽の後ろに乗り込む。

「しっかり捕まってください。抱き着いてもらって構いません。私の運転はそんなに丁寧じゃないので。」

恥じらいを捨て、音羽にしっかりと捕まった直後強い風圧が古間を襲った。目を瞑り、思いっきり音羽にしがみつく。結果として、音羽と密着することになり、気付けば室橋の家に辿り着いていた。

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