第20章 愚直さとワイルドさ
「そうですか・・・。中田さんが・・・。」
室橋は音羽に中田の状態のことを事細かに話した。突然の昏睡状態にあること。その昏睡状態は、あちこちで流行していること。音楽教育から突然理科教育に転身したこと。そして、研究室が田嶋研究室であること。
「その話なら私も聞いたことがあります。留学先の学校にも少なからずありますし、しかし、日本ほどではありません。軽く調べてみましたが異常なほど蔓延してますね。」
スマートフォンで手早く調べながら音羽が返答する。その後、ハンバーガーに持ち替え、両手でしっかりと持った上で丁寧にかぶりつく。瞬く間に口周りがソースまみれになる。
「音羽ちゃん。随分大きなハンバーガーを選んだのね。」
「・・・ええ。ダブルチキンバーガーです。マヨネーズも追加してもらいました。」
わんぱくな口元とは反対に淡々と答える音羽、室橋は音羽が自分の知っている音羽のままであったことに安心と元気をもらえたような気がした。
「食べるの下手くそなのに何でそんなワイルドなのを選ぶのよ。ほら、顔出して。」
室橋が、カバンからウェットティッシュを取り出し、音羽の口元を拭く。
「ありがとうございます。久々だったもので。」
再びハンバーガーを頬張り、室橋の努力をなかったことにした音羽を見て、室橋は口元を拭くのは食べ終わってからにするべきだったと後悔するのだった。
「話を戻しますが、例の昏睡状態ですが、どうやら心因性のものではないかという見方が強いようです。」
「え?」
「留学先の友人に音楽療法を研究している方がいるのですが、その方から聞いた話です。」
「ということは、未央ちゃんはやっぱり何か悩みを抱えてたってこと?」
「それは分かりませんが、可能性は十分にあると思います。私は詳しくは知らないのですが、寝ている間も一応、音は聞こえているみたいです。音楽療法の世界ではそこに着目して何とか昏睡状態から救い出す方法を模索しているみたいです。」
「たしかに、身体のどこかが悪いってわけではないんだもんね。」
「断言できませんが、日本では百瀬とかいう医者がそれをしようとしているみたいですよ。」
音羽の話を聞き室橋は解決の兆しが見えてきた気がして心にのしかかっていた重いものが少しなくなったように感じた。
「あくまで、聞いた話ですし私としては半信半疑です。専門家ではない以上、それ以上のことは何も言えません。」
音羽が室橋の安堵に被せるように言う。
「・・・少々、難しい話になってしまいました。雪乃さん、この後のご予定は?」
「特にないけど、どうして?」
「少し気分転換に行きましょう。17時頃に大学の正門前に来てください。」
「・・・? わかったわ。」
「それではそろそろ行きましょうか」
「音羽ちゃん。ちょっと待って。」
席を立とうとする音羽を慌てて止める。
「何か?」
「店を出る前に手と顔を拭くわよ」
大学に戻り、音羽との約束の時間。室橋は大学の正門前にて音羽を待つ。
ブォォォォォォォ
間もなくして室橋の前に一台のバイクが止まる。
「室橋さん。お待たせしました。これ被って私の後ろに乗ってください。」
バイクの主は室橋にヘルメットを投げ渡す。言われるがままにヘルメットを被り、運転手の後ろに跨る。
「私の体にしっかり捕まってください。思いっきりしがみついてもらって構いません。」
音羽のお腹に手を回りしがみつくように捕まる。
「捕まりましたね。行きますよ!」
「音羽ちゃん!?腹筋すご!?」
ブォォォォォォォ!!!
けたたましいエンジン音とともに二人を乗せたバイクが車道を駆け抜ける。
どのくらい走ったのだろうか?気付けば、山とまではいかないが小高い場所にある展望台にたどりついていた。
「雪乃さん。着きました。」
音羽がエンジンを止めバイクから降りる。室橋もバイクを降り、あたりを見回す。
上から見下ろす形で煌びやかな光が室橋の視界に入る。
「きれい・・・」
「工場夜景です。ここの高台から見ると本当に綺麗なんです。」
音羽が室橋の横に立ち、自動販売機で購入したドリンクを差し出す。
「ミルクティとカフェラテ、どっちがいいですか?」
「ありがとう。カフェラテがいい。」
二人で並び、飲み物を片手にしばらく夜景を眺める。
「それにしてもびっくりしたよ。音羽ちゃん、バイク乗れたんだね。」
「ええ、叔父の影響で。言ってませんでしたっけ?」
「初めて聞いたわよ・・・」
「ちなみに大型特殊免許も持ってます。」
「なんで・・・」
「叔父の影響です。」
「あなたのおじさん何者なのよ・・・」
音羽の掴みどころのない性格を改めて体感すると共に室橋の顔から笑みが溢れ、こぼれ落ちた。
「やっと笑ってくれましたね。」
「え?」
「雪乃に涙は似合いません。私はやっぱり笑っている雪乃が好きです。」
「・・・音羽ちゃん!?」
突然の告白に戸惑う室橋をよそ目に音羽が言葉を重ねる。
「何を戸惑っているのですか。事実なのに。」
「いや・・・。えーと、ほんと・・・いい性格してるよね。音羽ちゃんって!」
「・・・ありがとうございます?」
「あーもう。汗かいてきちゃったじゃない。」
「そうですね。この季節は夜でも暑いですね。そろそろ行きましょうか?」
「音羽ちゃん。よかったら、私の家に泊まらない?近くに銭湯もあるし。」
「良いんですか?では、お言葉に甘えさせていただきます。」
再び二人を乗せたバイクは音羽の家へ行き、着替えを持った音羽と室橋を乗せて、室橋の家まで運ぶのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます