第19章 動物には好かれるタイプ

的場は家族5人を乗せた自家用車を走らせ、目当ての動物園へ向かう。

的場家は共働きで、車を2台持っている。

自宅から少々遠い上に長女が通っている高校と近いことからファミリー用の大きい車は基本的に妻が使っている。

長女は自宅から離れた進学校に通っており、部活や生徒会など下校が遅くなることも少なくない。高校2年にして生徒会長となったのは、『本当の進学校』故の『自由な校風』によるものだろう。的場が通っていた『自称進学校』とは正反対である。また、友人関係も充実しているようで、学校帰りに遊ぶこともしばしば、それにより電車で帰ることもあるが、どちらになっても良いようにという意味でも、大きい車を妻に任せておいた方が何かと便利なのである。

また、妻は公務員であるため終業時間がはっきりとしており、次女・三女の塾や習い事の送り迎えも含めてのことである。

一方、的場は所謂『小型車両』と呼ばれる車であり大学院生時代に少々無理して購入した付き合いの長い愛車である。本当は痛車にしたかったのだが、あらゆる方面からストップがかかり、今となっては完全に諦めている。

とは言え、いつもとは違う車は運転に緊張感が走る。

それが助手席に乗る妻に伝わったのだろうか妻が的場に声をかける。

「ひろくん、運転疲れたら言ってね。代わるから。」

「大丈夫大丈夫!親父、あの・・・なんだっけ?デカいトラクターとか運転してるから」

「何年前の話だよ・・・」

結局、半分ほどの距離を移動したところで妻に運転を代わってもらった。

車内の盛り上がりも落ち着き始めた頃、的場は長女に例の昏睡状態について聞いてみることにした。

「美聡(みさと)、高校で昏睡状態に陥っている生徒はいる?」

美聡(みさと)、長女の名前である。

「あー、ニュースにもなっているやつ?あたしの周りにはいないけど、チラホラと聞くね。生徒会の奴らとかがたまに話題にするんだよ。」

「どのくらいいるとか分かる?」

「そこまでは知らない。でも確か、会長選でウチに負けた先輩がそれだったような・・・。保健委員長が言うには、あまり目立たない大人しい生徒が多いらしいよ。ウチとは関わりのないタイプだから、あくまで人から聞いたとしか言えないね。」

「そうか。」

「来海(くるみ)と司(つかさ)は何か知っている?中学校で流行ってたりしてない?」

美聡が次女と三女に話しを振る。

「うーん・・・最近、お休みの人は増えたかも。でも、二人が話してるそれが原因かは知らない。」

「私のとこも・・・そんな感じ」

次女と三女は共に中学生であるが、通っている学校は別である。次女の来海は本人の希望もあり、北央大学附属中学校に三女は学校区に従い公立の中学校に通っている。


的場 朱美(まとば あけみ)。国立赤蔵大学(こくりつあかぐら)大学 農学部 応用生産科学科卒業。的場 博司の妻。職業は地方公務員で県庁に務めている。博司の大学時代の後輩にあたり、現在では的場家の実質トップまでその地位を拡大させてきた。性格は極めて穏やかであるが、なぜか的場家の誰も彼女には敵わない。


的場 美聡(まとば みさと)。県立青羽(けんりつあおばね)高等学校2年。的場家の長女。県内屈指の進学校である青羽高校に通い、成績優秀・スポーツ万能・圧倒的人望で高校2年にして生徒会長を勝ち取るカリスマ。2人の妹の存在もあり、面倒見も良い。しかし、失敗経験の少なさから他者の悩みを理解するのに少々時間がかかるという不器用な一面もある。


的場 来海(まとば くるみ)。北央大学附属中学校3年。的場家の次女。長女に強い憧れとライバル意識を持つ。長女を越えるため北央大学附属中学校の入試を勝ち抜く。今年、生徒会長選に立候補するが落選。副会長として活躍している。性格は、素直で努力家であるが、姉を目指すばかり、少々背伸びしがちな言動も見られる。


的場 司(まとば つかさ)。公立南(こうりつみなみ)中学校1年。的場家の三女。

かなり物静かな性格で、小学校ではクラスに馴染めず、いじめも相まり、不登校を経験している。しかし、小学3年に登校を再開し、中学校も難なく通えている。基本的に要領が良いが、人間関係に関しては不器用で、いじめの経験もあってか、少し達観している様子である。祖父母によく懐いていたせいか、父である博司のことを「ヒロジ」と呼んでいる。


動物園に着き、園内に入る。動物との距離が近いことを売りにしているだけあって、たくさんの動物と触れ合えるようになっている。

入り口付近の全体マップを見てどこから回るかを決める。

「どこから回ろうか?」

「どうせ、全部回るんだからどこからでも良くね?司、どこ行きたい?」

美聡が司に問いかける。博司は司の視線の先からどこに行きたいのかは見当がついていたが、敢えて何も言わないでいた。

「・・・モルモット」

司がマップを指さし、希望を伝える。

「おー!!モルちゃんか!!行こ行こ!」

足早に向かう娘たちの後を追う形で博司と朱美が歩く。

「朱美、運転ありがとう。」

「えへへ、いいよー!あとでソフトクリーム奢ってね!」

「ああ!いくらでも」

「お腹壊しちゃうから1個でいいよー」

「二人とも早く来てー!モルちゃんいっぱいいる!」


~モルモットの触れ合いにて~


「モルモットを膝に乗せれるみたいだな。よいしょっと、こんな感じか?」

「おー!親父慣れてるぅ~」

「ここの子たちは人に慣れてるんだろう」

「・・・かわいい」

「おっ!つかさ~、いい笑顔じゃん!」パシャ!

美聡がカメラを構える。

「おやじー!そろそろあたしもモルちゃんと触れ合いたい・・・って、ぎゃはははは、親父のモルモット、スゲー伸びてる(笑)!!!」

「お父さん、意外と動物に好かれるタイプだったんだ。」

「元農業教員だからね」

「うちも農業の先生になろっかなー」

「おすすめはしなけどね」

「お姉ちゃん!あれ見て!馬乗れるって!」

来海が乗馬体験の看板を見つけ、指さす。

「次はあそこ行こ・・・って親父のモルちゃん寝てね?」

「ん?・・・あ・・・ほんとだ」

「起こすのも悪いし、ひろくん、しばらくこのままでいたら?子どもたちは私に任せて!」


行ってしまった。

その刹那、自身の隣で聞きなれた者の名前が聞こえた。

ふと横を見ると、古間がいた。

割と距離が近いにもかかわらず案外気付かないものである。

旅行と聞いていたが、田嶋研究室の学生とであるとは意外であった。

「古間君、奇遇だね。」

古間に声をかける。

どうやら、私と似たような状況らしい。

身動きが取れない者同士、しばらく雑談を楽しむことにした。

古間曰く、温泉旅行のついでらしい。

雑談に乗じて、少しカマを掛けることにした。

「でも・・・なんだ。急に田嶋研究室との交流を深めるから、中田さんのことを探っていると勘ぐってしまうよ。」

「・・・!?急にぶっこまないで下さいよ。」

部分的に当たっていると言ったところだろう。

何となく、中田未央が田嶋研究室に歓迎されてない感じがしていたが、古間もそれに気づいたようだ。差し詰め計画的接近と言ったところだろう。

しかし、この問題はそんな狭い範囲のことじゃない。

私怨で動くだけ損である。

「その目的も無きにしも非ずってとこか。気持ちはわかるし一線を越えない限り止はしないが、学生だけだと限界があるだろう。変な気を起こさないようにな。」

「ちょっとした情報収集です。お気になさらず。」

一応釘を刺しておく。

ふと時計を確認するともうすぐお昼になろうとしている。

そろそろ家族のもとに戻らねば。

「それじゃ、古間君、楽しんで!」


その後、園内で古間を見かけることはなかったが、おそらく新しい友人とそれなりに楽しんでいるだろう。

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