第18章 動物園とかいう完成された世界

温泉旅館で昼前まで寝込む一行。

幸い、二泊三日の旅行であるため午前中はゆっくりと過ごすことができる。

とは言え、旅館には朝食の時間があるため、厳密に言えば朝食後に昼まで二度寝したという表現が適切である。

男子大学生の大半がこのような自堕落な生活をしているのではないだろうか。

午後からは、旅館からしばらく車を走らせたところにある動物園に行くことになっている。新設の動物園でとにかく動物との距離が近いとのことであった。


各自で出発の準備を行う。

あと一泊するため、大きな荷物は持つ必要がない。

「みんな、早く行こう!」

古間が呼びかける。

何を隠そう、この動物園をメインイベントに提案したのは古間である。

前々から目星をつけており、室橋と温泉旅行がてら行こうと考えていたのである。

的場研究室で昼食を共にして以降、ゆっくり会えておらず、

同じ学内でありながら、顔も声も交わさない日々が長く続いていたのだ。

また、中田の一件もあり、中田を可愛がっていた室橋は多かれ少なかれショックを受けているだろうと踏み、思いっきり楽しい旅行をプレゼントしたいと考えたのだ、

今回の旅行は、田嶋研究室の学生に中田のことを聞き出すことはもちろん、もう一つの目的として室橋との旅行の下見も兼ねているわけである。


古間は動物園の場所にナビを合わせ、動物に向けて車を走らせる。

1時間程車を走らせ、目的の動物園に到着する。

種にもよるが、他の動物園と比べ、多くの動物が所謂、放し飼いの状態となっており、

ふれあいコーナーが大量にある動物園であった。

何故か、エミューだけは敷地内を自由に歩き回って来園者に餌をねだっている。

動物好きの室橋にはたまらない動物園であると古間は確信した。

動物との触れ合いを満喫していた最中、ちらりと見覚えのある人影が目に映ったように感じた。咄嗟に再度、その方向に目を向ける。

しかし、そこに在るのは大量の人と動物たちであった。

「気のせいか・・・」

古間は、膝の上ですっかりリラックスして目に見えて体が伸びているモルモットを再度見下ろした。


「ぎゃはははは、親父のモルモット、スゲー伸びてる(笑)!!!」

「そろそろ膝が熱いんだけどなー」

「お父さん、意外と動物に好かれるタイプだったんだ。」

「元農業教員だからね」

「あたしも農業の先生になろっかなー」

「おすすめはしなけどね」


聞き覚えのある声が隣から聞こえる。

古間は恐る恐る自身の隣に目を向ける。そして、すぐさま視線を膝上のモルモットに戻す。

「・・・的場先生がいる。」

暇さえあれば、キンキンの居室で映画やアニメを見ている的場をプライベートな形で外部で見ることになるとは思ってもいなかった。

「インドアの的場先生が動物園ねぇ。ということは、近くで茶化しているのは娘さん達だろうか?似てないな。なら、その近くの女性が奥さんか・・・」

「古間どうした?さっきからブツブツ呟いて?」

田嶋研究室の学生に声を掛けられ、意識が引き戻される。

「次は、ヤギの餌やりに行こうぜ!」

「おう・・・あっ、寝てる」

やけに動かないと思ったら、膝上のモルモットが瞼を閉じている。

「あちゃ~、起こすのも悪いな。古間、しばらくこのままにしてあげよう。先行ってるな!」

そう言って古間を置いて先に行ってしまった。

「古間君、奇遇だね。」

先程の田嶋研究室の学生が古間の名を口にしたことで隣にいた的場も古間の存在に気付いたようであった。

「的場先生。家族サービスですか。いいですね!・・・あれ?ご家族は?さっきまで一緒でしたよね?」

「ははは、古間君。君と同じ状況なのだよ。」

「一緒って・・・あ・・・」

古間は、的場の膝上で瞼をとしているモルモットに気付いた。

「私を置いて、乗馬体験に行ってしまった。まぁ、しばらく動けないだろうし、少し雑談でもしようか。」

「そうですね」

古間は諦めてこの状況を受け入れることにした。

プライベートでも指導教員と顔を合わせることになるとは、気まずいことこの上ない。

「一緒にいたのは田嶋研究室の学生だね。差し詰め小旅行と言った感じか?」

「はい。温泉旅行のついでにこの動物園に行こうって話になって。」

「確かに、距離的にも丁度良いからね。田嶋先生から聞いたよ。最近、仲良いんだって?」

「思ったより、意気投合しまして。」

「研究室を越えた交流は良いことだからね。」

「的場先生は、ご家族と?」

「ああ。大学ばかり行っていることを怒られてしまってね。」

「仲良さそうですね。にしても、良い動物園ですね。次は雪乃と来れたらなって思ってます。」

「おー、素敵じゃないか。羨ましいくらいにラブラブだ。」

ノリノリで古間を煽る的場を前にして古間は何となくであるが、的場は恋愛経験に乏しいのではないかと感じていた。

的場と話していて恋愛系の話題になることは何も今回が初めてではない。その度に、的場の口調というか語彙(ボキャブラリー)というか話のレベルが明らかに低いのである。『下手くそな背伸び』というのが良い表現だろう。あくまで推測だが、的場は浮いた話の無い学生生活を送ってたのだろう。

古間がそんな若干失礼なことを考えているとは露知らずの的場は古間に言葉をかけ続ける。

「でも・・・なんだ。急に田嶋研究室との交流を深めるから、中田さんのことを探っていると勘ぐってしまうよ。」

「・・・!?急にぶっこまないで下さいよ。」

「その目的も無きにしも非ずってとこか。気持ちはわかるし一線を越えない限り止はしないが、学生だけだと限界があるだろう。変な気を起こさないようにな。」

「ちょっとした情報収集です。お気になさらず。」

「そうか。おっと、そろそろ行かないと。ほら、モルちゃん、そろそろ降りて」

的場は、両手で優しくモルモットを持ち上げ、地面に置いた。

「それじゃ、古間君、楽しんで!」

そう言って、的場は去って行った。

古間はふと、腕時計を確認する。そろそろお昼を迎えようとしている。

「俺もそろそろ行くか。」

古間も、モルモットを持ち上げ、地面に置いた。

中田が置かれていた状況がもっとひどいものであったら、的場が言っていた『変な気』を起こしていただろう。

古間は再度、モルモット達に目を向ける。たくさんのモルモット達が思い思いに過ごしている。野生に比べるとその行動範囲は随分と狭いだろうが、衣・食・住が保障されているこの環境はかえって彼らにとって理想的な『居場所』なのかもしれない。

第一、初めから外の世界なんて知らないのだから。


しばらくして、田嶋研究室の学生と合流した古間は、園内のレストランで食事を取り、夕方まで動物園を堪能し、温泉旅館に戻るのであった。

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