第17章 再開
音羽の快挙が様々な形で大衆に知らされる。
何処からともなくその知らせを耳にし、室橋はネット検索で詳細を調べる。
国際コンクールでグランプリ受賞。誰が聞いても、相当凄いことであるこの字面に自然と口角が上がる。
高鳴る気持ちと連動して大きく早くなる心拍数に抗うようにメッセージアプリを開き、音羽に祝福のメッセージを送る。
誤字脱字が無いように、祝福の気持ちが伝わるように、なるべく丁寧に言葉を選ぶ。
久々の連絡はなぜ、こんなにも緊張するのだろうか。
音羽に祝福の連絡をした後、古間にも連絡をとる。今は、最近親しくなった田嶋研究室の学生と旅行だと聞いている。温泉旅行だとか。室橋は少し複雑な気持ちになる。嫉妬とでもいうのだろうか。
しばらくして、メッセージアプリの通知音が鳴る。
音羽から返信が来たようであった。
音羽)ありがとう。久しぶりだね。元気?
私、ピアノでは誰にも負けたことがなかったの。
でも、今回は思いっきり弾けたの。
だからかな?今回のグランプリ、凄い嬉しかった。
なんか、変だね(笑)
室橋は、自身の口角が再び上がっていくのを感じた。
天才肌で感覚派である音羽は、メールの文面で分かるように、掴みどころのない不思議な性格をしている。
それは、付き合いの長い室橋にとっては十分に理解している事であった。
しかし、音羽はそれ以上に完璧主義な一面も持ち合わせていた。
当然、室橋はそれも理解している。
完璧主義でストイックな音羽は時として練習に没頭し、それは時として食事も睡眠も忘れるほどであった。
限界を迎え、電池切れとなった音羽を室橋は何度救ってきたのだろうか。
完璧主義で楽譜通りの演奏が常にできることにこだわってきた音羽がようやく自分の色をだすことが出来たようであった。室橋はコンクールの結果以上にそれが嬉しくてならなかったのである。
「お昼ごはん、ハンバーガーにしようかな!」
室橋は、かつて音羽とよく通ったハンバーガー屋で昼食を摂ることにした。
ハンバーガー好きであった音羽は必ずと言って良いほどリクエストしていた店である。
そして、電池切れになった音羽のエネルギーを補給するガソリンスタンドとでも言うのだろうか。
軽い足取りで店に向かう、注文を済ませ、商品を乗せたおぼんを持って席に着く。
「ちょっと欲張っちゃった。」
チキンバーガーとてりやきバーガー、ドリンクにフライドポテトがおぼんの上を覆うように置かれている。
室橋は、チキンバーガーを頬張る。しばらくジャンクフードを口にしていなかったせいか、驚くほど美味しく感じた。分かりやすいしょっぱさとでも言うのだろうか。やんちゃな味とでも言うのだろうか。無我夢中で頬張り、あっという間に食べ終えてしまった。
次に、てりやきバーガーに手を伸ばし、一口頬張る。
口から全身へ懐かしさが満たさせる。
「これ、未央ちゃんの大好物だったなぁ。」
てりやきバーガーを選んだことを少し後悔する。
因みにチキンバーガーは音羽の好物であった。
三人でもよく通った店、音羽のリクエストもあり、サークル後の女子会の定番会場となっていた。絶望的にハンバーガーを食べるのが下手な二人。それを見ながら大笑いした数年前の情景が室橋の脳裏に浮かんでは消えるを繰り返す。
室橋の目から大粒の涙が零れる。それは、手に持っているてりやきバーガーを濡らす。
おぼんの上に広がっているフライドポテトを濡らす。
水分を含んだフライドポテトは食感と引き換えに塩味が加えられる。
寂しかった、自分が思っているよりも。室橋は実感する。
しかし、それは新たな原動力にもなった。
「会いに行こう!音羽ちゃんに!」
学部4年の後期、卒業研究以外の単位は既に取り終えている。
もう少し、休みを伸ばしても問題ないだろう。
室橋は、残りのてりやきバーガーを押し込むように口に入れ、音羽にメッセージを送ろうと文章を打つ。
「雪乃さん?」
自身の名前を呼ぶ声を室橋の聴覚が捉える。
聞き覚えがあるが、久々に耳にする声。一瞬動きが止まった後、その声の主の方を向く。懐かしい姿が目に映る。ここにいるはずのない者の姿が。
「音羽ちゃん?何でここに?」
「長期休暇に入ったので帰国しました。ご一緒に良いですか?」
室橋が答える前に音羽が、向かい合う形で席に座る。
しばらく室橋と向き合う。室橋の目元が、赤く腫れていることに気付く。
「雪乃さん。泣いてたんですか?何か、あったんですか?」
室橋は、音羽に中田のことを話すか迷った。
沈黙の時間が流れる。
覚悟を決め、室橋が口を開く。
「音羽ちゃん。落ち着いて聞いてほしいんだけど・・・あのね・・・」
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