第15章 明暗の立場
温泉旅館で豪華な温泉を堪能する。予定よりも早く到着した甲斐あり、かなり長い時間楽しむことを可能にした。
それは、お風呂が大好きな古間がハンドルキーパーを務めたが故のことであった。
余談であるが、室橋も温泉好きであるため、毎年、温泉旅行デートが恒例行事になっている。
しかし、今回の旅行はそうはいかなかったようである。
今回のメンバーは古間の常識よりもはるかに早く上がってしまったのである。
古間は思わぬ形で自身の長風呂を自覚することになった。とは言え、食事の時間まではまだ余裕があるため、一人で温泉を堪能することにした。
温泉を堪能し、コーヒー牛乳を片手に部屋へ続く廊下を歩くその途中に、ちょっとした広間があり、自動販売機も配置されているので一服することが出来る。
そこに近づいた時、聞き覚えのある話し声が聞こえてきた。
「絶対付き合ってるだろ、あれ!」
「確かに、そうじゃなかったらはっきり否定してるはずだしね。」
「まぁ、小柄だし、顔は可愛いからなー」
「だとしても、面食い過ぎじゃね?」
「それなー!ったく、あの出来損ないのどこがいいんだか。」
「俺らも優秀な方じゃないけどさ。流石に何も出来なさすぎだったもんね。」
「俺らの研究もめちゃくちゃにされそうになったし、今思えばいなくなって清々するわ。」
「田嶋先生から聞いたけど、科学論あるじゃん?古間君、史上最低点とって、その記録はまだ破られてないらしい。」
「へー!じゃあ、お似合いカップルじゃん(笑)」
「でも、あの自称一匹オオカミにはもったいないよな!古間君みたいな彼氏は(笑)」
「いいやつではあるからな。古間君は。」
所謂、よくある陰口である。いくつになっても、その人間の本質は変わらない。
よって、それを否定する気も咎める気もないが、中田がいかに研究室内で孤立しているのかが、不意打ちの形であるが、確信を得ることになった。
少々回り道ではあるが、古間は、別の道から部屋に戻ることにし、その場を引き返す形で離れた。
部屋に戻ったものの、まだ、他のメンバーは戻っていなかった。
おそらく、まだあの広間で盛り上がっているのだろう。
古間は、これまでの調査を整理する。
メモを取り出したいところであるが、見られても困るので、脳内で整理を行う。
調査3日目
・田嶋研究室にて中田と親しい学生はいないようだ。→孤独
・中田は研究が全く進んでいない(テーマ決めすらできていない)→おそらく本当
・実験も失敗ばかり。→本当、他の学生にも悪影響
・社交性に乏しかった(田嶋との関係も良好ではなかった)。→本当
・田嶋研究室に出入りしやすくなった。
・今週末のお出かけでより詳しく聞く。
歯車が狂ったとしたら、軽音サークルを引退した時からであろう。
その後の中田の境遇は惨憺たるものであったことは言うまでもないだろう。
そこで、あるキーワードが古間の頭に浮かぶ。
「居場所…」
拠り所と言い換えることも出来るその言葉は、自身が自身の存在を認識・実感することが出来る場所であり、それでいて、精神的に安心することのできる場所を指す。
教育学的にもその場所が存在することの重要性は極めて大きい。
古間は、思考をさらに巡らす。
白神のことは現時点では一切何も掴めていない状態であるが、仮に中田と同じ状況であると仮定する。
田嶋の下で学ぶことを目的に北央大学に入学するという未来への希望。田嶋本人に認知されるポジティブな進行。軽音サークルという分かりやすい居場所(?)。
そして、それらは白神にとって同時に失った場所でもある。
新たな場所としての藤田研究室。しかし、それは白神にとって居場所と呼べるものであったのだろうかは不明。
「あー、腹減ったー」
「おっ!古間君!戻ってたんだ。」
「遅くなってごめんなー。ちょっと外で駄弁っててさ!」
気付けば、時刻は夕食の時間を指そうとしていた。
メンバーが揃った直後、再びふすまが開き、豪華な夕食が運ばれてきた。
その後は、中田の話が出ることもなくごくごく普通の雰囲気の中、夜を明かすことになった。
皆が寝静まる中、古間はおもむろに自身にスマートフォンに持参したモバイルバッテリーを繋げる。聞きなじみのある、充電音と共にロック画面が表示される。
古間のスマホはロック画面に通知も表示されるのだが、そこに見覚えのある人物の名前が目に映った。
古間はその通知をタップし、その見出しを確認する。
それは、ニュースアプリからの通知で『音羽琴美、国際音楽コンクールで日本人初のグランプリ受賞』というものであった。
古間の眠気は一気に吹き飛び、即座にその記事を確認する。どうやら、本当にかつて音楽を共にしたあの音羽のことであった。
かなりの快挙であったのだろう、様々な発信元から、関連記事が次々と表示される。
一通り、記事を読んだ後、メッセージアプリを開き、音羽に祝福のメッセージを送る。興奮が冷めると共に、吹き飛んだはずの眠気が古間の元に戻る。
そして、そのまま眠りに就くことになった。時刻は4:00を指そうとしている。
太陽が朝日で地を照らす準備を完了させようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます