第13章 虎視眈々
9月中旬。とある週末の早朝。静かな道路に一台の車のエンジン音がその静寂を切り裂く。
北央大学第一駐車場。
「待った?」
「全然!車ありがとね!」
「みんな乗って。出発しよう!」
駐車場の片隅に集まっていた複数の学生が次々に車に乗り込む。
「古間君が車出してくれて助かったよ。俺ら、ペーパードライバーだから不安で。」
「疲れたらいつでも言って!変わるから。」
「いいよいいよ!その代わり、サービスエリアでソフトクリーム奢ってくれよな!」
「もちろん!ガソリン代も兼ねてバンバン奢るから!」
「そんなに食えねーよ(笑)」
和気あいあいとした雰囲気。傍から見れば、友人同士の楽しい小旅行の一部始終である。
道中、いくつかのサービスエリアや観光地を巡り、一通り旅行を楽しむ。
この旅行のメンバーは、古間と最近仲良くなった田嶋研究室の学生たちである。
合同ゼミを境に、古間は足しげく田嶋研究室に足を運び、このような関係を築いたわけである。
本旅行は、最終的に山奥にあるのどかな温泉旅館で宿泊することになっている。
話題も尽きてきた折、古間は、とある話題を投下する。
「そういえば、田嶋研究室に中田未央っているよね?実は、古い仲なんだけど研究室ではどんな感じなの?」
「中田さん?んー、実はあまり関わったことがないんだ」
「見た目は可愛いんだけどね。話す機会はあまりなかったんだよね。」
「そんなことより、中田さんとどんな関係なんだよー。」
「ただの古い友人だよ」
言葉の端々に中田のことをよく思っていないという雰囲気を古間は感じ取った。
しかし、確信がない。詳しく聞き出すにはもっと慎重に質問を選ぶ必要があるだろう。
古間は、場の空気観を壊さないように細心の注意を払いながら話題を投下する。
「まぁ、もう少し詳しく話すと、一緒にバンド組んでたんだよね」
厳密に言えば軽音サークルであるが嘘はついていない。
「へー、確かにロックな格好してたもんな中田さん。そういうことかー。」
「確かに、歌うまそうかも。やっぱりボーカルだった?」
「いや、未央はギターだったな。でも器用だからテクニックは凄かったし、作曲もしてたな。」
「なんか、俺らが知ってる中田さんと全然違うな。」
「中田さん、器用だったんだなー。なんか、意外かも」
何かが釣り針にかかったと古間は確信した。もう少し泳がせる。
「器用な方だと思うけど、研究室では違うのか?」
「何というか、実験は失敗ばっかりだったし、理科の知識もほとんど無いし」
「たしか、テーマも決まって無かったよね」
「これ言っていいのかな?田嶋先生ともちょっとピリついてたよね。」
「浮いてるってこと?」
「まぁ、言葉を選ばずに言えばね。だから、古間君の話聞いてて、本当に意外だと思って。」
「研究室のメンバーで未央と仲良かった人はいる?」
「うーん、どうだろう?パッと浮かばないわ。」
「そんなことより、古間君、中田さんの話ばっかじゃん(笑)もしかして・・・そういう関係だったり?(笑)」
少し、泳がせ過ぎてしまったようだ。
古間は、中田の話を切り上げ、別の話題に移そうと考えた。
その刹那、これは逆に好機であると考えた。そういうことにしておいた方が、同情を誘い、中田のことをもっと聞き出せるような気がしたのだ。
「どうだかね、ただただ心配なんだ」
とは言え、真っ赤な嘘をつく気にはなれず、それっぽさを残した曖昧な表現で留めておくことにした。
幸か不幸か、逆にリアルになり、場が盛り上がった。しかし、その甲斐虚しく追加の情報は得られなかった。
しばらくして、目的地である温泉旅館に到着した。
車内での会話の甲斐あり、田嶋研究室の学生は中田のことをよく思っていないことが明らかになった。
そして、古間は中田と深い仲であることを匂わせることにも成功したわけである。
運が良ければ今夜、もっと深く切り込むことが出来るだろう。
虎視眈々と田嶋に迫る機会をうかがう。
このまま進めば、確実に上手くいく、古間はじわりじわりと外堀を埋めにかかる。
本来は、楽しいはずの旅行は、古間にとってはただの手段である。
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