第7章ー4 軋み
軽音楽サークル引退後、白神と連絡が取れなくなったことに対して深刻に捉えるメンバーはいなかったと言える。それは、白神の性格上、何かに夢中になっているという可能性があったこと、そして、理系の研究室は多忙であるという認識であったことといった複合的な理由であった。また、音羽は海外留学が決まり、9月の現地入りのために準備に取り掛かっている。室橋も児童文学のコンクールに向け作品の最終確認をしている。そのコンクールを巡っては他の研究室とトラブルがあり、少々準備が遅れているとのことであった。
しかし、古間は少しばかり、胸騒ぎを覚えていた。
5月。教育学部棟の空き部屋に新たな研究室が設置された。
【科学実験・教材学研究室】担当:田嶋 亨
農学部の教員であったはずの田嶋が異動してきたのだ。
3月の時点で異動は確定していたようであるが、理科教育学分野の学生に知らされたのは研究室の設置が完了した5月であったわけである。
農学部のHP(ホームページ)では配置換えの知らせが公開されていたようであるが、他学部のHPなど物好き以外は見るはずもない。
田嶋が来る前の理科教育学分野の教員は3人おり授業設計論を専門とする的場をはじめ、理論物理学を専門とする教員と環境教育学を専門とする教員がいた。
田嶋の異動による新研究室設置により、特例として4年及び大学院生は『転専攻』という形で研究室の移籍が可能になり、最終的に大学院生:3名、学部4年生:4名が移籍した。
古間は田嶋の異動に驚くと共に、白神のことが脳裏をよぎったが、詮索に動くことはなかった。通常であれば…普通であれば、新たな受け入れ先がすぐに見つかるはずであり、再スタートが出来るはずであるからである。
実際、白神の新たな受け入れ先はすぐに見つかり、所属を果たしていた。
白神 夕樹(しろがみ ゆうき)。
北央大学 農学部 総合農学科 4年
所属:食品科学研究室(栄養学専攻) 【前】生物有機化学研究室
指導教員:藤田 宏一(ふじた ひろかず) 【前】田嶋 亨
現状:休学
7月。3年生の所属研究室が確定し、理科教育学分野の顔合わせ会が行われた。
古間は顔合わせ会の際に的場から渡された名簿に目を通す。
関わりのないどころか、見たこともない名前がひたすら羅列されている。
その中の見覚えのある文字配列を古間の視覚は見逃さなかった。
中田 未央(ナカタ ミオ) 所属:科学実験・教材学研究室
古間は我が目を疑い、何度も見返す。
捉える文字は変わらない。咄嗟に3年生の席を見渡す。確かにそこに在った。
かつて、共に音楽に勤しんだ後輩の姿が。
古間は完全に混乱した。
隣に座っているお出迎えモードでニコニコの的場に殺意を覚えるくらいには心に余裕がなくなっていた。
「なんで…ここに…」
中田と目が合う。表情を変えることなく会釈をする中田に古間も釣られるように会釈を返す。そこに、古間の知っている。室橋はもっと知っている。どこか幼げな、太陽のような輝きも、笑顔も、無邪気さもそこにはないように思えた。
(雪乃には言わないでおこう)
古間の直感的が、室橋に今の中田を会わせてはならないと告げた
7月下旬。中田が昏睡状態で発見され緊急入院したという知らせが入った。
的場曰く、田嶋研究室の学生に対して簡易的な身辺調査を行うらしい。的場もその調査に関わるらしいが、守秘義務のため聞かれても何も答えないとのことであった。
白神,中田,そして田嶋。この3人の間に何かがあった。
中田の昏睡状態との因果関係は、現時点では考えられない。
ただ、明らかにすべき事項がそこにあるように古間は思えてならなかった。
「研究者が直感だけを材料に動くなんて…世も末だな」
教員は頼れない。古間は水面下で動き出す。
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