第7章ー2 軽音楽サークル(次年度篇)
翌年8月 大学は夏季休暇
5:10。誰もいない早朝のサークル棟に廊下を叩く靴の音が響く。
突き当たりの部屋。軽音楽サークル「North Center (ノース センター)」の活動拠点である。騒音防止のため、部屋の壁一面に遮音シートと吸音シートを張り巡らせている。しかし、すぐ横に茂みのあるこの部屋では、夏の湿度は常軌を逸して高いわけである。よって、どうしても一部がカビなどにより、使用不能になる。
室橋は、慣れた手つきで使用不能箇所のシートを取り外し、新しいものに貼り直す。
「よし…終わった。ここからは…お楽しみの時間!」
室橋は、軽い足取りと手つきでアンプとベースの準備に取り掛かる。
思いっきり掻き鳴らす。誰もいない空間で一仕事終えた者の特権である。
タッタッタッ…ガチャ!
一通り奏で終わったその刹那、勢い良く扉が開けられた。
「やっぱり雪乃センパイだ!」
「未央ちゃん!?どうしてここに?」
「だって雪乃センパイ、今日防音シート貼り替えるって言ってたでしょ?やるなら朝かなって思って!」
中田の室橋を尊敬する気持ちは時を重ねるほどに強くなり、室橋も自身に懐いてくれている後輩を心から可愛らしく思っていた。良き先輩後輩であり、相棒であり好敵手。当時の関係が良いものであったことは言うまでもない。
「センパイ!セッションしましょうよ!」
手早くギターを取り出す中田に答えるように室橋もベースを構え直す。
息の合った演奏が、サークル棟の一角に響いた。
十分に音で語り合った後、二人は手段を言葉に変え再び語り合う。
今年度3年になった室橋・古間・音羽・白神は7月に全員所属研究室の希望が通ったことが確定した。既に各々の研究室での生活が始まり、後期から本格化する。室橋は木南研究室で児童文学を古間は的場研究室で理科授業設計論を音羽は西田 真由子(にしだ まゆこ)研究室で作曲を白神は田嶋研究室で有機化学をそれぞれ専攻する。
また、新入部員も多く未経験者もいるため近場のレンタルスタジオを使って交代制で指導をしている状態である。喜ばしいことであると同時に、サークルの財政を圧迫しているのもまた一つの事実であった。北央大学では、部活動・公認サークルが営利目的の活動の一切を禁止している。通常の部活動・公認サークルでは、維持・継続が困難になる死活問題である。
「雪乃センパイ」
「ん?なに?」
「私…何でもないです!」
「もーなに?どうしたの?」
「私、このサークルが好きって言いたかったんです!立ち上げてくれてありがとうございます!」
何かを振り払うように、気持ちを切り替えるように中田は声のトーンを上げて室橋に感謝の意を精一杯伝える。
「あら…ふふっ、こちらこそ、ありがとね!」
ガチャッ
「雪乃―、そろそろ指導交代だ。おっ、中田もいたのか音羽が待ってるから早くいって来いよー。」
午前の指導を終えた古間が室橋と中田を探して部屋に来た。午後は、室橋・音羽・中田が未経験者の指導を担当することになっている。
「お二人とも、ここにいたのですか。早くしないと置いていきますよ。」
「わー、音羽センパイ待ってー!」
音羽と中田が足早に部屋を後にする。
時刻は12:00を回っていた。いつの間にか、かなりの時間が経っていたようだ。
「ごめんね、颯人。すぐに行くね。」
「雪乃」
「なに?」
「二人で何話してたんだ?」
「んー…秘密。あまりズカズカ介入したらダメよ。デリケートな話題だったらどうするの?」
「え…あっ…すまない。」
古間の生真面目な性格を室橋は誰よりも知っている。そして、その扱い方も…
二人のやりとりはいつだって室橋が一枚上手だったりするわけである。
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