第5章 白黒の珍客
中田の件が一段落し、日常に戻った昼下がり、いつも通りに愛妻弁当を持ってゼミ室に向かう。すると、珍しい来客があった。
「的場先生、御無沙汰しております。」
「室橋さん…久しぶり。どうした?」
的場研究室では、的場のこだわりで、昼休憩の時間に限り、一部のスペースであるが研究室を開放している。
学生たちは時として友人をゼミ室に招き、的場も交えて昼食を楽しむ。
室橋 雪乃(むろはし ゆきの)。
北央大学 教育学部 初等教育学科 4年
所属:国語教育学研究室(児童文学専攻)
指導教員:木南 楓
実績:全国大学生児童文学作品コンクール 優秀賞
的場との繋がりは、教職課程を履修している学生が最初に受ける必修科目である
『教職入門セミナー』
教職と向き合う初動において身に付行けておきたい考え方や基礎的知識・技能を習得することを目的とし、時として、教育の在り方を議論するなど、入門にしてはアクティビティな科目である。北央大学では、A、B、Cの3クラスに編成され、クラス担任が如く、各クラスに教員が配置され、授業が進められる。担当教員は毎年変わり、年度初めに担当教員に通知が届くことになっている。
室橋の学部1年次の時の教職入門セミナーのクラス担任が的場であったわけである。
その後も、的場が担当する講義を何度が履修していたためすっかり顔なじみになったというわけだ。
見た目の印象は、黒色の長髪で白いワンピースが良く似合う風貌であり、噂によればファンクラブが出来ているとかいないとか。性格は芯のある控えめといったところだろう。ワンピースやスカートが似合う印象であるが、本人は黒いパーカーが好きらしく実にロックな格好をしている。
ここだけの話、的場研究室の古間 颯人(ふるま はやと)と交際している。
が、本人達から何も言われないため的場は知らないふりをしている。
普段は、学食で昼食を取る古間が珍しくゼミ室でパンを食べていることから、
おそらく、そういうことだろう。
そんな感じで、何かと的場と繋がりがある学生なのである。
中田の一件があったこともあり、ゼミ室では、例の昏睡状態のことは話題に上がらなくなった。
それは、的場が、全体メッセージにて守秘義務により、聞いても何も答えないという旨を伝えておくことで、先手を打っていたからである。
とは言え、話題にするなとは言っていない。
昼休憩の話題は室橋の近況や最近の動画配信者など無難なものであった。
昼食を終え、午後の講義の準備をしていると室橋から声を掛けられた
「的場先生、私、この後の講義取っているんです。講義室まで一緒に行きましょう。」
この後の講義は、教養科目『食の教育学』複数の教員が週ごとに交代して担当するオムニバス形式の講義で的場の前職は中学校・高等学校教員であり、高等学校では理科と農業を担当していた。その関連で、本講義の的場の担当回は食農教育についての内容を扱うことになる。
翌週も担当するため計2回担当することになる。
必修科目ではないものの幼児教育学科や初等教育学科、農学部教職課程の学生が多く履修する人気講義である。
「未央ちゃんの件、本当だったんですね…」
「軽音サークルの後輩なんだっけ?仲良かったの?」
「はい…とても。だから本当に驚いてしまって。」
的場は驚いた。世間は案外狭いものである。それと同時に室橋にも中田について色々聞いてみたいとも思った。機会があればの話であるが。
「もしよければ、近々、中田について教えてくれないか?」
「丁度良かったです。実は、私も的場先生にお話したいことがあって。この後、お時間いただけたりしますか?」
「今日か…今日は連続で講義が入っていてね。18時からであれば空いているが。」
「その時間で良いです。なるべく早く伝えたくて。」
「分かった。部屋で待ってる。」
『食の教育学』に続き『教職生物学実験』をこなし、的場は居室に戻る。『教職生物学実験』は理科教員の教職課程必修の実験演習である。オムニバス形式で様々な教員が担当し、2コマ分の時間を使って実験を行う。的場は顕微鏡の使い方を含め、植物の根を用いた染色体の観察実験を行った。
的場は、束の間の休息を使い、メッセージアプリで妻に今夜の帰りは遅くなることを伝えた。
間もなく、室橋との約束の時間だ。
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