第6話

「先輩!一緒に帰りましょ!」


「いやだ」


「やったー、コンビニ寄りましょー!」


 バイト帰り、天野に絡まれた。コンビニでパピコを買うと半分を二人で一つに分ける。最近の夜は涼しくなってきたから、アイスを食べると程よい体温になるのが分かる。


「先輩ありがとう」


「次はないぞ」


 行きは雨が降っていたから、今日はバスで来た。それが裏目に出たようだ。


「寄り道していいです?」


「どこへ?」


「祭りっす!」


「今日だっけ?」


「そうっすよ!私りんご飴食べたいっす!」


「暇だし。行こうかな」


「...やった」


 草履が起こす土煙を赤提灯が照らす。遠くから匂う焼きイカの匂いが、空腹な体をあざとく誘惑する。


「先輩!あれ!射的っす!あのエッチライター欲しいっす!」


「いらねえだろ。恥ずかしい」


「おっちゃん、一回やるっす!」


 天野は金を払って袖をまくり、先ほどまでの熱気を殺して、静かに狙いをエッチライターに定めた。その立ち姿は一流のスナイパーのようだ。パンッ。コルク銃から出た弾が真っ直ぐ伸びる。しかし、惜しくも左に逸れて的を外した。


「なーっ!」


 エッチなライターを狙う女子高生。その構図が面白くて、俺はしばらくツボに入った。


「惜しかったっすね。来年リベンジっす」


「もう、勘弁してください」


 それから、しばらく辺りを回った。天野が子どものようにはしゃぐ後ろを黙って着いて行った。


「...先輩、このあと花火が上がるっぽいっすよ」


「そうか。それは楽しみだな」  


「先輩、ゲームをしましょう」


「ん?どんなゲームだ?」


「花火が咲いて落ちるまでに、お互い相手にお願い事を言い合うってゲームです」


「流れ星の花火版か。勝ち負けはどうすんだ?」


「ギリギリまで攻めた方が勝ちにしましょう。で、負けた方が勝った方のお願いを聞くっす」


「面白そうだな。いいぞ」


 神社まで少し歩き、石段に座る。俺が少し上に座り、天音が下で足を伸ばす。セミも数を減らしてきたようだ。あまり声がしない。ドンッ、と鈍い音がして最初の花火が上がった。すると、また一つ、また一つと勢いよく花火が夜空に描かれてゆく。


「俺からいくぞ」


「どうぞ」


ドンッ、と大きな花火が上がった。鮮やかな黄色い花火だ。


「天野が大人になりますように」


 火薬が夜空に沈むギリギリ、かなりよい成績を残せたのではないか。


「子どもっぽいってことっすか!」


「子どもっぽいだろ」


「分かりました、そうですか。次は私ですね。横いいっすか?」


「いいぞ」


 天野が俺の隣まで登り、黄金色こがねいろの髪を耳にかけると、空を見上げて集中した。そして、タイミングを測るように花火を選ぶと、赤い花火が遠くの方から火種として打ち上げられ、夜空を高く駆け昇る。そして、星空を上書きするように、満開の赤い花が一輪。天空に咲いた。


「もし、大人っぽくなれたら。私と...付き合ってくれますか」


 花火に目が行かなかった。驚き、天野の顔を見た。目が合い、すぐにそらす。一瞬のこの時間が無限のように感じ、頭が真っ白になる。


「ああ、私の負けっすね」


 花火は消えていた。


「え、負けとかじゃな...」


「今日はありがとうございました。私先帰ります」


 天野は走って帰ってしまった。花火に照らされた天野の顔は真っ赤に染まっていて、大きな目の中で揺れる溶けそうな瞳が俺の心を揺らした。


 ドクンドクンと心臓が鳴り止まない。石段に取り残されたまま、少し横になると、花火をじっと眺めた。夜空に咲いた小さく綺麗な赤い花を好きになりそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る