第4話

1


「このことは内緒にして下さいね。武田先輩に言ったら怒りますよ?」


「え、まあ、その。いいじゃないっすか。そんなこと」


「...あなたには申し訳ないですけど。まあ、そうです」


「...いつからって。別に。言わなきゃだめっすか?」


「...自覚したのはクリスマスっす」


「いや、私がそれをあなたに話すのもおかしいっすよ」


「...わかりました。話しますよ」


2


 厚いコートを羽織った。カイロをくわえてブーツを履き、パラパラと雪の降る外に出た。寒いな。定期を出してバスに乗り込むと暖房が冷えた体を一気に温めた。先輩はバイト居ないだろうな。


3


「お疲れ様っすー!」


 せっかくのクリスマスだというのに、今日もバイトだ。


「おう、おつかれ」


 普段の数倍目つきの悪い高身長丸坊主が手を振ってきた。目元にはクマも少しある。夜更かししたな。


「あれ?先輩、彼女は?」


「研究があって今日は遊べないらしい」


「クリぼっちじゃないっすか!プププ!」


「今日もバイトお疲れ様だな」


「はっ倒しますよ」

 

「お前ら!早く仕込みを手伝え!今日はとんでもない量の予約だぞ」


「「はーい」」


 白銀の世界が蒸発するような気分。コートを脱いでエプロンに着替え、鏡で身だしなみをチェックをした。赤い耳とニヤニヤとしたキモい顔。嬉しいだなんて思っちゃいけないんだろうな。


4

 本当に忙しかった。掃除と片付けを終えてやっと一息だ。事務室の椅子に座った。もうイルミネーションは終わっているだろう。見たかったな。グルルと腹が鳴り、どっと疲れが押し寄せる。お腹が空いた。でも、一歩も動きたくない。


「疲れたな」


「本当に。もうダメかと思ったっす」


「バイクでよければ送ってくぞ、乗るか?」


「いいんすか!?」


「早くしろよ」


「あざす!」


 目つきが悪くて勘違いされやすいけど、人の気持ちが分かる優しい人なのだ。ヘルメットを被り、誰もいない町を走る。黒いバイクに二人乗り。普段は彼女がここに座っているのかな。こっそり、彼の服の裾を握った。けれど、すぐに離した。罪悪感を紛らわすように小さく歌うジングルベルは、マフラーのエンジン音に掻き消された。


「賄いあるけどいるか?」


 あっという間に家まで着いて、武田先輩がゴソゴソと鞄を漁り出した。


「いいんすか!ありがとうございます!」


タッパに入ったペペロンチーノ。私が一番好きなメニュー。


「シェフに賄い渡せって言われたんだよ。気にすんな」


 店長は私がペペロンチーノが好きなことを知らないはずだ。


「ありがとうございます。先輩」


「じゃあな」


 彼は無愛想に返事を残して雪の中に消えて行った。その背中は別の人のものなのに、目で追ってしまう私が嫌いになった。


5

 

「どうっすか。満足っすかこれで」


「え。...それはどういう意味っすか」


 意味深な言葉を残して、カフェから出て行ってしまった。最後の言葉の意味が何だったのかは分からない。ジメジメとした1ヶ月前の出来事でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る