第2話
「料理とは誰を思うかだ」と教卓で腕を組む先生がありきたりなポエムを語る。どおりで、今までのように行かないわけだ。ここ一週間はずっとスランプだった。今までは美味しそうに食べる国見を思って料理をしていた。帰りが遅くなると、彼女の家に行って夕飯を作ったり、大学まで弁当を渡しに行ったり。俺がお節介すると、彼女は決まって「こういうのは普通彼女がするのに」と悔しがっていたっけな。彼女は頭が良くて、テニス部のキャプテンで、親が金持ちで、すっげー美人。昔からの腐れ縁で、小学校からの幼馴染だった。将来はこの人と結婚するのだろうなんて、キモい妄想もしていた。高校が離れても、俺たちの関係は崩れなかったのに。なんだよ、サークルの先輩なんて。イケメンで、運動も勉強もできて。勝てるわけねえじゃん。俺は玉ねぎを切った。薄く、薄く、薄く、丁寧に。目に染みる熱い痛み。玉ねぎを嫌いになりそうだった。
「え!
かなり大きな声だ。バイト先の女子高校生の
「フラれちゃったって、国見さんも意外っすね」
「他に好きな人ができたんだと」
「はい!?それは許せないっす!先輩は国見さんのために朝早く起きてお弁当作ったり、自分の店を出すという夢と国見さんと同居するための資金調達の両方を達成するために、高校生の時から毎日バイトに出て貯金を!」
「勘弁してくれ」
「さっせん!」
ブロンドボブの髪をピンで止め、天野も横で手を洗い始めた。彼女の前髪は一体どこに忘れてきたのだろうか。いつも見当たらない。
「武田先輩は未練とかはないんすか?」
「...ない。うそ、少し」
「じゃあこのまま諦めちゃダメでしょ!」
「だけどなあ」
「国見さんだって事情があったのかもしれんっすよ!不治の病だったとか、誰かに脅されているとか」
「インスタに花火の投稿があった」
「容赦ないすっね」
「不治の病だなんてドラマだったら、俺も諦めなかったよ。でも、現実は甘くない。別れなんてこんなもんだな」
「世知辛いっすね」
「大学ごと爆弾で爆発しないかな」
「よっしゃ!任せて!ドギャン!」
天野が手に溜めた水をロッカーに向けて撃った。俺のカバンが濡れた。この女も爆発しろと思った。
今日のお店は予約もなくて暇らしい。キッチンではシェフが新商品の開発に勤しみ、俺と天野は掃き掃除を任された。
「新しい好きな人は見つかったんすか?」
「まだ無理だろ」
「じゃあ好きなタイプはどんな人です?」
好きなタイプか。考えたこともなかった。今までは横に国見がいたから、そんなこと考える暇もなかったのだ。
「品のある歳上美人で、茶髪のロングヘアが似合う人」
「国見さんじゃないっすか」
「...。」
花瓶から赤い花を取り出した。茎の先が黒くなっており、花びらもところどころにシワが目立つ。
「このバラも替えどきだな」
「それキクっすよ。もしかして赤い花は全部バラだと思ってます?」
「男は花の価値も名前も分からないから、いいんだよ」
「あちゃー。先輩さてはモテませんね」と悪びれる様子もなく彼女は白い口角を上げた。
「知らないよ」
「そうっすかー。ちゃんと調べててくださいね!私は店長にこの花もらえないか聞いてきまーす」
天野は小走りに厨房へ入って行った。俺も疲れたし、少し休憩にしよう。ウッドデッキに並べられた席に座り、携帯を出した。朱色の空で唄う烏。ぼーっと、無意識にインスタを見た。みんなは今年から大学生。バーベキューや花火のストーリーが羨ましいと思ったことはなかったのに。心に空いた穴は人間から余裕を奪うのだろう。すぐに携帯をしまって、机に伏せた。日光が首を熱し、鼻腔を通るテーブルのヒノキの香りにどこか懐かしさを感じる。ダメだな、女々しいな、俺。
「せんぱーい!店長が今日は早く上がって飯食べに行こうですってー!店長の奢りっす!」
最近やけに羽振りがいいな。ちょうど腹も空いてきた。寿司がいいな。イワシを食べたい。机と椅子を片付けて、ドアにぶら下がるプレートをcloseにした。
「中華料理行きやしょ!エビチリ!エビチリ!」
おい、待て。余計なことを言うな。重いエプロンを脱いでいると、ズボンのポケットに振動が起きた。誰かからメールが届いたのだろう。俺は「寿司が食べたい」と天音に伝えて、LINEを開いた。
"明日の夜、時間ある?"と国見からのメールだった。、
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