変化

 事務所に疲れた顔で入ってくる柚里。

 椅子に座ったまま振り向く愛謝。


「お~、ゆずちゃん、おつおつ」

「おづがれざまです」

「あれれ、あからさまに元気ないじゃん。アフレコ現場でへまやっちゃった?」

「いえ、アフレコ現場は何時も皆さんに指導して頂いて、大変充実しています!」

「なんだ~、そうだよねえ。海外ドラマの続き物で、若い助手になってんでしょ~、事務所での受付経験が役に立つねえ」

「ええ、私の普段の地声が良いと言ってもらえて」

「じゃあ、なんでそんなに浮かない顔しとるんだね。放送は三か月後に迫っとるんだぞ!」

 わざとらしく怒った口調で腕を組む愛謝。

「なぞの博士喋り、‥‥‥いえ、実は今度私が海外ドラマの吹き替えをやることになって、母と父が飛び切り喜んで‥‥‥」

「そりゃ~いかったなあ」

 腕を組んだまま首を立てに振る愛謝。

「母と父がとっても仲良くなったんです‥‥‥」


 間


「そ、それは良いことではないのかな? ゆずちゃんや?」

「そ、そうなんですけど、私が小学校の時から二人はろくな会話をしなくて、なにか用事がある場合は私に「お父さんになになに伝えてきて」とか「お母さんになになにだからって言っといて」とか、私がいつも伝言役で」


「ゆずちゃん、それ怒った方が良い奴だよ?」

「でも、なんとなくそれで来ちゃったんですよね」


「う~ん、それでも十年近く一緒に暮らしてるんだからそれはそれで凄い気もしないでもない」

 額に指を当てる愛謝。

「あれ? でも仲良くなったってことは、お互い会話するようになったってこと?」

「そうなんです!!」


 ここぞとばかりに前のめりになる柚里。


「良かったじゃん!」

「そうなんですが、そうじゃないんです」

「なんでさ!?」

「話題の矛先が全部私のことになってしまって‥‥‥」

「あ~ちゃ~、まあ一人娘となるとそうなるわな」


「もう、二人ともどうしたら私が将来声優として成功して、その上で幸せな自分の家庭を築けるだろうかって、夜な夜な話し合ってるんですよ?」


「あはははははははは!」

「笑いごとじゃありません。父なんか、仕事中に30年以上にわたる声優業界の調べ上げてるんですよ? しかも仕事中に、部下を使って」


「職権乱用も娘のためとなると美談に聞こえるね」


「しかもあの、二人が会話しなくなったきっかけのあの下っ端さんが、ああもう下っ端じゃなくなってましたけど、うちに来て、大きいテレビでドラマのネット配信を見れるようにセッティングしてくれたんです!」


「へえ良かったねえ」

「なんか、みんなで和んでて、私はおいてけぼりな気分でした。今までの思い年月はなんだったんでしょうか?」

「ああ、よしよし」

 柚里を椅子に座らせ、頭を撫でる愛謝。


「柚里ちゃんがしてきたことは全然無駄じゃないんだよ。寧ろ絶対に柚里ちゃんのお陰で自体が良くなったんだから」

 柚里ちょっと涙ぐむ。

「そっか、一生懸命二人の間に入って話しを繋いでいたから、柚里ちゃんはきっと今回の一生懸命な助手役に抜擢されたんだね。落ち着いてて、適度な距離感があるのに、情緒がちゃんとある」

「そ、そこまで誉めて頂かなくても大丈夫です」

「ええ、そうなのお?」


 るるるるるるるるるるるるるる


「あ、私出ます」

 柚里が電話を取る。

「はい愛あるボイス届けます!音質一期声優事務所です!」

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