愛とディスリ

朝、ゆずりが事務所に出勤する。


「おはようございます。あれ? 先輩、まっ白に燃え尽きてるじゃないですか」

中へ入ると愛謝が椅子の上で燃え尽きていた。

「いや、一本大切な確認待ちがあってさあ」

「ああ、あそこですか。何度何時になりますかって聞いても、「多分今日中に」としか言ってくれないんですよね。

「そうそう、先送りにできない他の案件を優先して良いのかいつも迷うんだよ」

「で、どうなったんですか?」

「結局、日付変わる前にやっとかかってきてさあ、もう電車もないし、事務所に居座らせていただいたよ」

「それは、大変でしたね。お疲れ様です」

「本当にお疲れだよ。おかげで無料配信になってた海外ドラマ2クール分見終わってしまった」

「めっちゃ満喫してるじゃないですか」

「いやいやこれも仕事の一貫だから、うちの声優が出てるやつだから」


愛謝のパソコンを覗くゆずり。

「ああ、これですか。私も小学生の時見てました」

「うわあ、痛恨の一撃」

愛謝机の上に倒れる。

「これ毎回チームで事件を解決していくんですよね。ちいさいの時は知らない知識や目新しいさで面白がってみていたんですけど、3クール目から焼き回し感に飽きてきて、学校も忙しくて見るのやめちゃったんですよね。ヒロインが好きだったんですけど、主人公がヒロインとくっつきそうになると、また事件が起こって離れ離れになるし」

「それでまたその事件を解決してくっついて」

「また行き違いで離れて」

「また事件を解決して近づいて」

「また当て馬が現れて距離ができるんですよねえ」


「最後のクールの最終話もさあ、みんながバラバラになったところで終わってるんだよねえ。脱獄した凶悪犯も捕まってないし、なのに次は決まってないんだよ」


愛謝は両手の平を空に向け首を左右にふる。

「予算なくて途中になっちゃったんですね」

「まじ視聴者をなんだと思ってんだよって感じ」

「日本ではまず起こらないですね」

「焦りすぎてアニメ製作陣と原作者の着地点がズレることはあるけどね」

「あはは、先輩辛辣ですね。放送や尺の関係で一度区切りを付けてるって考えてください」

「どっちが良いのかねえ、自分の製作者としてのこだわりを優先するのか、売れなかったらバッサリそこで終わらせるのか、視聴者の意図を汲んで当たり障りなく終わらせるのと…」

「売れるから延々と終わらせないのと?」

「ん〜売れるならいいんじゃない?」

「視聴者の期待を汲み取りすぎた当たり障りない作品すぎてもなんの面白みもないですけどね」

「ゆずるちゃんの方が辛辣じゃあ〜ん」

「私だってファンからこの業界に入ってますからね」

「でも声優の仕事なくてここで電話取りしてるような子に、仕事を選ぶような権利は無いんだよお?」

「ひどい!先輩今日いつにもまして人をせせら笑ってくれますね!」

「あはははははははははははははははははは!? こちとら週8で働いてストレス溜まってんのよ!生産性を作れないなら先輩のサンドバックになるくらいの仕事しなさいよ」

「はあ〜、パワハラだ! 最悪だこの人!あと1週間は7日しかありませんからね!」



電話がかかってきた。

るるるるるるるるるるるるるるるる。


「ほらほらさっさと出てくださいよ。未来の人気声優様」

「…人を冷やかしやがって、いつか目にもの見せてやります」


ゆずる電話を取る。


「はい!お待たせしました!愛あるボイス届けます!音質一期声優事務所です! え?はい!存じ上げております! 海外ドラマを放映されてますよね、え、はい」


急いでメモするゆずりの肩を愛謝が指先でつつく。

愛謝はカンペをゆずりに見せる。

「はい、その作品はわたくしも今も見ています。主人公が今にも爆発寸前の車からヒロインに電話をするシーンとか、今にも落ちそうな高層ビルのエレベーターの中からヒロインに電話をするところとか、渡しの推しの場面です!」


ゆずりが愛謝のカンペを読み終わって愛謝が親指を立てる。

戸惑いながら電話を続けるゆずり。

「はい、私ですか? 声が良いですか? 一応声優をしています。山里ゆずりです。あ、はい!よろしくお願いします!」


電話が切れる。


背中を向けている愛謝の方を見るゆずる。

「先輩」

「ちゃんと名前フルネームで覚えてもらえた?」

「今日中にまた確認事項でかかってくると思うから、ゆずちゃんが担当してね」

「は、はい」

ゆずりは受話器を握りしめる。

「先輩、もしかしてわざとですか?」

「そんなわけないじゃん。一緒に働いてるからってワタシが他の声優差し置いてゆずちゃんだけを優先出来るはずないでしょう? バレたら怒られちゃうよ」

「そう?ですよね」

「自分の役は自分で掴んできてちょんまげ」

「ところで何でカンペであのシーンをチョイスしたんですか?」

「視聴率が下がってきた時いつもそのシチュエーション使うから、多分制作陣のお気に入りなんだなって気づいたんだよ!」

「それで連載がまた続いたなら、関係者や視聴者にとっても記憶に残る内容だったでしょうね。私もうろ覚えですが思い出しました。エレベーターの方は初めて知りましたけど」

「今無料配信してるから見とくと良いよ」

「…そうですね」


受話器を置いてからパソコンで今日のスケジュールを確認するゆずる。

「先輩今日14時までみんな現場ですからこっちに来ませんよって」

「ああ、そうだね~」

「一度帰られて休まれたほうが良いんじゃないですか?」

「あら、一夜漬けでドラマ見てた人に優しいね」

「違います。匂いがするので帰ってお風呂入った方が良いって言ってるんです」

「ひどい!もっとオブラートに言ってえ」

「ハイハイ。先輩が午前中いなかったってわざわざ報告なんかしませんから。とっとと帰ってください!わざわざそんなことで確認事項増やしたくないし、徹夜明けで変なテンションの先輩も相手したくないですから」

「うえ〜い。愛されてるのかディスられてるのか分かんないけど、有り難く帰りま〜す」


愛謝、鞄を持ってふらふらと立ち上がり、ドアの前で敬礼して立ち去る。


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