すれ違う百合の話
クチバシガホソイカラス
第1話
好きです。とても平凡な決まり文句が、金網で囲まれた四隅突出型墳丘墓を渡り歩く。歩いた先には今にも泣き出しそうな女の子が居て、彼女の名前はのぞみと言った。
のぞみは瑠璃色の瞳を細めていて、その目線は地維にある鈍色の御影石に向けられている。少しの間が出来たと思ったら、何かを呟き始めた。
彼女はデニムジャケットに身を包んでいた。それはまさに秋めいているこの時に。わたしは彼女の白くて滑るような肌や控えめなボディーラインよりも先に、ひとを口説く時にやたらめったらツルゲーネフを引用する所や、かと思えばそれこそ児童文学の王子様(大げさだろうか)のように、真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれる所を好きになってしまった。
だから、言葉は決まっていた。「決まりきってるじゃない、私もだよ。」 予想通りと言っては自惚れだろうか。ともかく、彼女はその平凡で深刻な感情に最高のフレーズを出してくれている。すぐ後ろには硬い繊維が161cmの身長とぴったりフィットしていた。
のぞみはいつも私に最高の愛情を振りまいてくれる。しかしながら、先程も同じようにそうしてくれていたのにも関わらず、頬から大量の涙が零れ落ちてくることに違和感を覚えずにいられるような人間は居るまい。勿論彼女は泣き顔もよいが、何度も聞いた言葉に対するアクションとしては似つかわないだろう。
飽きる程繰り返したはずのやり取り。そういう形容は照れ隠しで、実のところ何度やっても胸に悶えそうな感情がせり上がってくるというものだ。つまり、今わたしがまっさらな屋上で吐いた台詞は、自らに予定調和の恥ずかしさと嬉しさをもたらしているはずなのだ。なのにどうして、こんなにも胸が痛くて、今にも破れそうな硬い鋼線から身体を引き離してくれないのだろう。彼女はこんなにいじわるじゃない。
痛くて仕方がないだろうに、金網に曲がった腰を貼りつけて、腕を前で縦に並べる彼女がそこに表われてしまったので、私は大慌てで側に駆け寄った。彼女はデニムジャケットを着てくれている。そのままでは汚れてしまう。さぁ手を取って。辛いなら受け止めてあげるから。そう決まっているのだ。”役目は。
擦る。撫でる。
いたい。このまま後ろに思いきり身体を預けてしまいたい。
囁く。もっと高慢ちきで良いのさ。君の涙は美しいけれど、今使い果たしてしまうには勿体ない。
なにも聞こえない。チャイムも、風の音も。9月は台風シーズンなのに。
その時、違和感が形のない恐怖に変わる音がした。それは彼女との休校日における逢瀬の際、とんでもない遅刻をかまして喫茶店に表われた日でもここまで痛々しく泣かなかったからでも、或いは私の言葉のキレが失われたからでもない。何故なら、
「なんで、なんで真は死んじゃったの!? なんでわたしに触れてくれないの! なんでこんなにも辛くて…そんな姿絶対に誠が哀しむから見せちゃいけないのに! なんで! なんでぇっ…」
のぞみが、側に居る私に、まるで気づいていなかったから。
彼女はデニムジャケットを着た日、わたしと八回目のデートに出かけた日、初めてお家に行こうと誘った日、その道中──二丁目の平屋と商店が沢山立ち並ぶ細い通りの交差点で!!!!!──前から来る軽自動車に気づかない私を庇って。
すれ違う百合の話 クチバシガホソイカラス @hasiboso_garasu
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