2. まだ見ぬ観客と『おほしさま』

 私は、目立ちたがり屋なんだと思っていた。

 演劇サークルにも、役者志望で入ったし。

 ここは大学間インカレサークルだから、私の大学にも勧誘が来たんだよね。

 今回振られた役は、主役ではないものの、ほとんど舞台に出ずっぱり。そもそも、この作品は登場人物七人だし、あからさまな端役はいない。セリフの量なら、四年の先輩方ともほとんど変わらないくらいだ。

 そして、作品の第一声を飾るのは私。

 結構なこと、目立てて嬉しいねと、昨日の予行練習ゲネプロまでは思えていたはずなのに。


 向こう側に客の気配を感じたら、ご覧の通りビビり散らかしている。


 え? 私の演技、見られるの?

 五十人近くの観客に? 満員で何人入るんだっけ?

 高校までで一番たくさんの人前で話したのって、クラスで発表するときだったよね?

 たかだか四十人の前で、二分とか三分とか。

 五十人の前で、百分間も、しかも「お芝居」し続けるのっておかしくない?

 しかも、うちより数段偏差値の高い○大生の前で?

「ふふん、これが他大生の芝居ですか。やはり偏差値が低い学生は、レベルが低いですね(メガネクイッ)」

「心を動かされる要素、三パーセント(メガネクイッ)」

 とかされちゃうんじゃないの!?

 昨日までの私、何考えてたんだろ?

 などとぐるぐるしてしまっていたところで、私は設楽さんに声をかけられたのだった。


「緊張ってしてます?」

「してるよー。見えない?」

「全然」

 暗がりで、会話はボソボソと続く。

「でも、この緊張が楽しいんだよ。舞台上で、緊張を味方につけるとね、トぶよ?」

 楽しい芸術活動を、怪しいクスリみたいに言わないでほしい。

「暗転中なんてね、おほしさまが見えるよ。橋本さんは板付きだから、おほしさま鑑賞一番乗りだ」

 板付き。暗転を終えて、舞台が明るくなった瞬間に、舞台上に立っている人。そう。私は、もう一人の先輩とともに、この作品の板付きなのだ。ああ、緊張する。

 ……それにしても、『おほしさま』? おクスリは、親愛なる先輩の視覚中枢まで浸食し始めたらしい。

「トぶとかおほしさまが見えるとか、本番前に怪しいクスリとかやってません? 病院行きます?」

「やってないやってない。凶悪ウォッカ飲料ストゼロしかやってない」

「飲むなや」

「冗談だよ」

 声量に気遣いながらのツッコミは難しい。

「でも、そっかー。予行練習ゲネや暗転チェックでは気付かなかったかー。おほしさま」

 えっ? 私は見てるの? それ。

 よくわからないが、先輩は観念的な何かではなくて、本当に『見える』何かのことを言っているらしい。

「じゃあさ」

 設楽さんは、私の肩を揉んでくる。

「板付きの時は、二つだけ気にしてみようか。最初の一言と、『おほしさま』。深呼吸すれば、きっと見えるよ」

「セリフ、抜けません?」

 怖い。せっかく詰め込んであるセリフが、雑念で抜けていくのが怖い。

「大丈夫だよ。橋本さん、ちゃんとセリフ入ってたから。小屋入りしてからの練習は、効果が全然違うんだから」

 小屋入りかぁ。前の週末に公演してた団体と交代する形で、月曜の朝七時に劇場を使い始めた「小屋入り」。そこから今日で四日目。思えば遠くに来たもんだ……。舞台設営が終わってから、本番の舞台での練習は、確かにすごく楽しかったし、身になる感じがした。

「セリフは、頭だけじゃなくて、目と耳と口と体で覚えるんだよ。自分を信じて、怖い以外のことを考えた方が、怖がってガチガチになるより絶対いい芝居できるから。ま、『おほしさま』はついでだから、見つからなかったら、別にそれでもいいけどね」

 噛んで含めるように、ゆっくりと。設楽さんは私の耳元でささやく。私の肩を掴んだまま。この状況での長ゼリフは、なんかイケナイ気持ちになりそうです。

「そんなもんですかね?」

 ささやき返した私に、設楽さんは満面の笑みを浮かべてうなずいた。私を安心させるように。

「ただ、一言めと『おほしさま』以外に、もう一つだけ気にしてもいいですか?」

「なに?」

「小道具。ほら、私、縛られないとダメじゃないですか」

「……たしかに。小道具持って行って、ちゃんと姿勢とるとこは、できないとだめだね。許す」

 許されなかったら、私はどうすれば良かったんだろう……。

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