後輩からプレゼンされる話
深夜まひる
第1話
「先輩、ずっと好きでした! 付き合ってください!」
放課後、二人きりの部室で一つ下の後輩にいきなり思いを告げられた。
なるほど、彼女の熱い思いは分かった。
「それは、君が俺に好意を抱いていて、交際を求めているという認識でいいんだな」
「は、はい」
「いつも言っているだろう! 物事を伝えることと伝わることは違う。だから正しく、誤解なく相手に伝わるように努力や技術が必要だと」
「すみません。ですが、まず結果から伝えることが大事だと先輩がおっしゃっていましたよね。私のプレゼンはまだ終わっていません」
「そうか、では続けてもらおうか」
彼女は立ち上がると、いそいそとプロジェクターなどプレゼンの準備を始める。
「では、今日は私と先輩の交際についてプレゼンさせていただきます」
スクリーン代わりのホワイトボードに今日の資料が投影される。
普段使用しているテンプレートと異なって、ややポップなデザインとなっている。
テーマに応じてデザインを変えるとはなかなか凝っているな。
「本日のアジェンダはこちらのようになっています」
1.背景
2.提案
3.イメージ
シンプルな構成だ。
「早速、背景から説明します。まず私は先輩と平日はほとんど毎日部室で会っています。そのため、先輩も聞いたことがあるでしょう、”単純接触効果”が発生して、徐々に先輩に好意を抱いています」
ホワイトボードに部活の様子を記録した写真が投影される。確かに単純接触効果なら仕方ない。
「そして、好意を確信する決定的なきっかけが最近起きました。一昨日の出来事です。部活の連絡で、先輩が教室に来たことがありましたね」
「ああ、あの日は顧問の都合で部誌の作成期限が変更になったから連絡に行った。間違いない。だが、連絡事項を伝えたことがきっかけになったのか?」
「いいえ、きっかけは先輩が帰った後にありました」
「どういうことだ、俺が何かしたわけではないのか?」
「はい。先輩が教室から出た後、クラスの友人から先輩と仲が良いことをからかわれました。それだけなら何も起こらなかったのですが、その友人が先輩のことを狙っちゃおうかなという旨の発言をしました。この発言に苛立ちを感じてしまい、非常に遺憾ですが自分の思いに確信を抱きました」
遺憾だったのか。
「その気づいた思いを解消するために、私は次の内容を提案します」
有期での交際
「有期での?」
「そうです。私は先輩との期間を限定した交際を提案します。有期の定義ですが、最低1ヶ月の交際とします。メリットを紹介します。一つが価値観が異なるなど問題が発生した場合にも早合点することなく様子を見られます。そして二点目として、これは先輩にとってだけのメリットになりますが、先輩にとって私がどういう存在なのか、どんな感情を抱いているのか考える時間ができます」
「確かにそれはメリットになりえるな」
俺にとって考える時間が生まれるのは確かに貴重だ。だが。
「何か質問はありますか?」
「そうだな、その有期でという部分についてデメリットもはらんでいるのではないか? 交際で何をするのかにもよるが、契約期間において俺のプライベートの時間が大きく削られるとかな」
「確かに、交際の具体的なイメージがないとデメリットを想像しづらいですよね」
「当然用意しているのだろうな、具体例を」
「はい、こちらの別資料をご覧ください。先輩のスマホにも送ります」
スマホに転送された資料には台本が書かれていた。
「この台本の中身を実行することで先輩には交際後のことをイメージしてもらいます」
「ほう、確かに台本のシチュエーションを見るだけでだいぶイメージができた。しかしこれはなんだ!」
シチュエーション:一緒に下校
「なんだ普通のシチュエーションじゃないですか」
「シチュエーションはな。だが台本の方はなんだ! 俺が不慣れな様子で迷子の子の面倒を見るって、迷子がいる前提ではないか」
「いいじゃないですか見たいんですよ、こう、不慣れなんですけど普段とは違う優しい口調で面倒を見ているのを見てきゅんとしたいんですよ。ギャップ萌えですギャップ萌え」
「他も何やら状況が限定されすぎているな。なんだこれは。自転車に二人乗りして帰りたい? 道交法違反だ!」
「なぜかわからないけど湧き上がってきちゃったんですよ! 先輩もそういう妄想の一つや二つあるんじゃないですか?」
「ないこともないが」
「ほら、言ってみてくださいよ」
「これは貴様のプレゼンだろう。黙秘する」
「ちぇー」
「質問は以上だ、他にないならこの提案の可否についての判断する」
「よろしくお願いします」
結果は最初から決まっていた。
「有期での契約には興味をひかれたが、根本的に俺が現段階で交際をするメリットがわかない。だから答えはノーだ」
「えー。今回はいい線行ってたと思うんですけど」
「ノーはノーだ。次こそは俺の納得するプレゼンを用意してくるんだな」
「はーい」
「では、これにて本日のプレゼンテーション研究会の活動を終了する」
「お疲れ様です。終わったんですから、今後の参考に先輩の理想のシチュエーション教えてくださいよ」
「たわけ」
こうして議論をしていることがすでに自分の理想だと告げることはまだできなかった。
後輩からプレゼンされる話 深夜まひる @shin-ya-mahiru
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