練習問題9 方向性や癖をつけて語る:問2

 若者は夢想する。獣であれ、尊き者であれ、各々に与えられた寝床でまどろみながら、甘い夢をむさぼるものだ。そう述懐し、ヴォジェニ公爵は嘆息した。熟成の利いた葡萄酒を舌の上で転がし、心を慰めた。

 本日執り行われた第二王子を招いての鹿狩りはとどこおりなく済んだ。ヴォジェニ自身も丸々太った女鹿をいくつか仕留めている。しかし、その後がまずかった。

 会食時に第二王子の……マレクが滔々と述べたのだ。やれ、開かれた政治だ、地縁血縁に依らぬ人材登用だ、あまねく人民に学問の機会だ、それらが必要だと、それはそれは熱心に。

 なるほど、この青年は口当たりの良いものばかり与えられて育ったらしい。おかげで彼の口から飛び出すのは砂糖菓子のような言説ばかりだ。

 ヴォジェニ公爵にとってすら、それは確かに善き物事に感じられた。が、あくまで感じるだけだ。柵を壊し、くびきから解き放ち、そうして獣を荒野に逃がす。その先の視座もないままに。彼にとっては甘やかで、しかし残酷な夢想だった。

 そしてこうも思う。こうした空想的未来像には何よりも財源の問題がある。この手の主義者は二言目には貴族の財産を削るべしと嘯くが、そこには致命的な倒錯がある。国家を人の身に喩えるならば、統治者たる貴族は臓腑であり、決して代替の効かぬものだ。胴体に収まる我らは国体を実効的に管理するものであり、仮に自らの血を絞り肉を削ぐ必要が出来たとしても、それを執り行うのは民衆という名の手足の仕事だ。そうした構造を転倒させることは、いかなる粉飾をもってしても叶わぬ夢想に過ぎない。

 ヴォジェニはふたたび葡萄酒で唇を湿らせる。真実とは深く、渋いものだ。王国という名の機構は歳月を費やし、数百年に渡って緊密に組み上げられている。敬意を表すべきは機構に対してである。人ではなく。

 マレク青年にもそこのところをよくよく弁えていただくべきだろう。彼の父である国王とその妻同様に――あの夫婦も甘ったるい所があるが、己が玉座の飾りに過ぎぬことをよく承知だ。そういえば、彼が懸想している相手はいささか「進歩的な」女史であったか。

 残念だ。と、ヴォジェニは思った。彼女はきっと可哀想なことになる。夢を見たためだ。王子は自らの血脈の薫り高さと重みを、その舌で味わうことになるのだろう。

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