練習問題7 視点(POV):問4

 今朝ごろまで、その長机は書物や器具でいっぱいだった。宵の口の今、そこは様々な保存食や酒杯でひしめき合い、宴席へと様変わりしている。机を囲むのは三人の冒険者だった。そのうちの一人、赤毛の女は杯を手にしたまま、あたりを見渡した。


 魔女の庵は塵一つなく清められている。どの棚にも生薬の瓶や革張りの書物がぎっしり並べてあった。女はそこに、農婦と学僧の同棲生活を連想する。それら有り得ぬ男女の合一を継ぎはぎあわせにすると、泥地の魔女のような者になるのだろう。そしてまた自分たち一行も奇妙な混ぜ物なのを思い出し、彼女は口の端を歪めた。


 女は傭兵だった。赤茶けた髪を編み、四肢には刺青、右目の下には傷痕がある。甘い葡萄酒はあまり好みでないが、おごりの飯に文句を言わないだけの世知はあった。


 もう一人は聖騎士である。癖のない金髪は、僧兵らしく肩のあたりで切りそろえてあった。彼女は巡礼と遍歴の旅の最中だ。そして今は空腹の限界だった。いささか性急に籠のパンを掴んでから己の不調法にはたと気づき、しかし我らが一行は気安い関係であるから神もお目こぼしされるだろうと思い直した。


 一行の最後の一人は星読みで、いそいそと傭兵に酌をしていた。ほつれ一つなくまとめた黒髪を帽子に押し込めてあったが、男物の長衣は肩が落ち、彼女の小柄さをかえって強調している。


 星読みは頭脳派を自認していた。そして、肉体派の残り二人に気圧されがちだった。彼女はあちこちの杯を葡萄酒で埋めながら、自らの有用性が軽んじられているとひそかに憤っている。なにしろ天文学は占星術と混同されがちだから、怒りの種には事欠かなかった。


 見える範囲の杯を満たすと、星読みは酒瓶を手放して席についた。そうして蕪の酢漬けをしがみ、のんきに飲み食いしている聖騎士と傭兵をこっそり睨んだ。二人が昨日、「お前の妖術は役に立つ」と星読みを労っていたのを思い出したからだ。


―世間の連中も、こいつらも、その点じゃ同じことだ。このあんぽんたんめ!


 星読みはおもむろに酒杯を掴み、堪りかねた気持ちごと葡萄酒を一息に煽った。


 聖騎士は星読みの不品行に面食らう。教団の教えは、呪術も学問も、等しく人心を惑わす怪しげな術と教えていたから、星読みの内心なぞ知る由もなかった。


 聖騎士が金髪を揺らしながら静止するのも聞かず、星読みは杯を重ねていく。傭兵は「そらきた」と思い、星読みを囃し立てて杯を重ねさせ、聖騎士の手からパンをむしり取ってこちらにも酒杯を握らせる。星読みの自意識過剰ぶりはからかい甲斐があったし、生真面目な聖騎士ならば尚の事だった。


 結局のところ、三人の冒険者は誰もが我の強いたちだ。やいやい大騒ぎしている女たちの様子を、魔女は台所から眺めていた。つくづくやかましい連中だとため息をつき、戸外から聞こえる蛙の合唱に耳を傾け、精神を落ち着かせようと試みる。


 ともあれ、遺跡探索における彼女らの仕事は確かなものだった。依頼料に加えて、酒食でもてなしてやるのはそれが理由だ。気を取り直した魔女は肉を盛った大皿を一息に持ち上げると、宴もたけなわの室内へ舞い戻る。


 魔女が宴席に戻ると、冒険者たちの視線が一斉に彼女へ―正確にはその両手が捧げ持つ肉料理の皿に―注がれた。


 加えて傭兵は、中座した間に魔女が外套を脱ぎ、くつろいだローブ姿に着替えたのに目ざとく気づく。一般的な尺度の美人かどうかはさておき、魔女には独特の雰囲気があったし、傭兵にとっては、男も女も目を楽しませるものに隔てはなかった。


 魔女が食器が満載された卓上へ半ば強引に大皿をねじ込む。途端、冒険者一行は歓声をあげて串焼き肉に手を伸ばした。


 感嘆した聖堂騎士が、まことに結構なお味で! と声を上げる。星読み学者も感心して何の肉かを問う。ホロホロ鳥か、珍種の兎か? けれども魔女はどちらに対しても、にいっと笑うだけでその場をいなした。魔女は大蛙の肉の旨さを心得ていたが、他の者がそうとは限らない。


 大概のものは魔女の謎めいた笑みの前で骨抜きになる。もしくは得体の知れなさに気圧されて口をつぐむかだ。どちらにしても、彼女にとっては同じことだ。


 蛮族傭兵は、眼前のやり取りを愉快げな面持ちで眺めた。そして再び、香辛料の利いた蛙の腿肉を噛み千切る。なるほど二人の言う通り、沼地の大蛙は上等な料理に化けていた。

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