練習問題4 重ねて重ねて重ねまくる:問2

 彼女が裏路地に姿を見せた時、その場の誰しもが似つかわしくない人物がやってきたものだと感じた。篤志家ぶった貴族の女にしては地味な格好だった。だが、着物はぱりっと乾いて、シャボンの香りがして、肌にも髪にも垢じみたところがまったくないのは確かだった。まともな生活を送る者がこんな奥まった場所まで足を踏み入れることはまずないことだ。しかし華やかさに欠けた黒髪の女は、確信に満ちた足取りで貧民街の奥地を闊歩していく。


 男も、女も、老人も、子供も、路上生活者やそれに大差ない暮らしぶりの者たちが女をじろじろと観察していた。しかし、結局は彼女が好きに歩くのに任せていた。ひとつには干渉を嫌ったからだ。そしてもうひとつには彼女が剣を帯びていたせいもあった。けれどもその剣は銀で装飾されていた。女の細腕から奪うのはたやすく見える。しかし結局のところ、その決断をした者はなかった。決定的な何かをしでかすまでは、そうだ、好きにさせてやろう。その場の誰しもが、無関心という名の敬意を彼女に示していた。


[中略]


 音高く扉を開け放ち、嵐と共に飛び込んできたのはひとりの女だ。詰め所にひしめき合う男たちの視線が一斉に集まる。闇夜が染み込んだような黒髪が今は芯まで濡れて額や首筋にまとわりついている。防水布の外套からひっきりなしに水が滴り落ちるのにも構わず、奥の部屋へ向けて迷わず歩を進める。一人の男がようやく我に返って誰何する。その様子を一瞥して彼女が掲げて見せたのは王妃の紋章付きの親書だ。王家の手の者かと色めき立つ周囲を見回して、彼女は深々とため息をついた。その所作だけで、彼女に掴みかかろうとした一群は動きを止める。


「王妃の名のもとに行われる炊き出しは、身分も陣営も決して問うていません」


 口調は静かでも、不思議とよく通る声だった。改めて観察すれば、彼女の立ち振る舞いには隙がなかった。反乱軍の中でも年かさの男は考える。腰に下げた剣もあながち飾りではないかもしれないぞ、と。


「貴方がたの妻子が、老親が、あるいは病を得たきょうだいが。今日という日を繋いだかもしれぬ一杯の粥に免じて、どうか取次ぎを。王妃の名代がここに至った意味を察する立場と見識をお持ちの方を願います」

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