　かようなほどに前触れもなく起こるもの。今日もまた熟れたリンゴが枝からもぎ離れるように、視線が落ちていく。中庭へ踏み出す彼女の軽やかな足どり。額にかかる髪が濃い影を落として彼女の瞳をかえって際立たせている。そう思っている間に彼女は前髪をさっと払って、取りなすような笑みを傍らの友人に向けていた。そんな気安い振る舞いが、彼女の怜悧さを上手くぼかして親しみやすい人物へと仕立てているのだろう。けれどもその黒い瞳、ほんのり色づく唇の奥の暗がりが、底なしの落とし穴かのように見えるのは何故だろう。愚かにも私のふたつの眼球は、暗黒の奥地へ転げ落ちていく。暗闇がたまらなく魅力的に映っていた。凪いだ内海だったはずの私の心うちは乱れ、不可思議な熱情の只中に落ちていく。この内情を知られたら、きっと恋に落ちたと揶揄されるのだろうが。