練習問題3 追加課題:問2

 比佐の危惧は理解できる、正直なところ、彼は見識のある男で、私とて阿呆ではない、何をおいても冷静な男が敢えて……命令拒否を進言するという、有り得べからざる言動の意味は重くとるべきで――その瞳に個人的な感情、公私を混同することをつとに避けながらも、炎のような憤りがちらちらと揺らめく様は、いっそ私を喜ばせるのだが、彼はそれを知っているのだろうか、……愚鈍な男ではない、そのうえで己の激情家の部分を、自己を律しきぬと恥じているのが可愛い男なのだ、だが私は比佐の意見を採ることは無く、何故ならば、それでも、どうであれ、我々は竜を斃さねばならぬ、天翔ける害ある獣を除かねば、人の世に安寧はなく、我らはそのための礎となり、生存圏の死守を……自らを鼓舞するモノローグをひととき止め、私は心の中で軍装を解き、執務室の窓へ歩み寄り、霧に包まれた山岳地帯の、モノクロームなパノラマを睥睨し、霧の下に潜む敵性存在さえ忘れれば、ここは幽玄で美しい谷間なのだとため息をつく、あの木立のあたり、岩盤の下へまで潜り込む岩場の割れ目、私はこれからその渓谷を通じて、霧の下へ赴き――遥か高きの裂け目から弱弱しい陽光が漏れ、私の肩をかすかに温めて、強襲作戦は失敗したが、リカバー手段はまだ残されて、しかし、比佐、お前の手を私はもう取れない、何故ならお前が褒めてくれたあの手指はもはや失われて、私は右前腕の血止めをし――断面に火薬を塗りつけ、銃弾を発火させ、血の噴き出る傷口を灼き――激痛に悶えながら見上げる、そこには鈍く灰色に光る鱗が、つば広帽ほどの大きさの押し並ぶ、微細な年輪の刻まれた、燐光を発する、大いなる壁の――見上げる――物見塔ほどの――頂上には荘厳なまでの美しさを誇る竜の頭部が――尊顔を取り巻く幾本もの乳白色の角たちよ――鳴らす喉の奥で今まさに息吹が練られているのを――我が部隊はあのブレスの一吹きで消し飛ばされた――恐らく私はこの次撃で――灰色の光の粒がこぼれ――次の瞬間、私の身体はプラズマの乱流に呑まれ、跡形もなく。

(850字)

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