練習問題2 ジョゼ・サラマーゴのつもりで

ユールがナシノの腕をひっつかんだまさにそのとき岩盤すらをもつんざく悲痛なる叫びが伽藍に響き渡った大いなる大地が擦れあい人智の及ばぬ音色を奏でたのだ偉大なる大地は自らの内に無遠慮に穿たれたうろをすっかり埋め戻すことに決めていたまじないの力を失い壮麗な構造体がぺしゃんこに潰れた地下都市は崩壊を始める足萎えのナシノを庇いながらユールは急ぎ果てはちいさな身体を抱え上げてほとんど飛ぶように走ったけれども次第に思うように先へ進めなくなっていくとうとう宙に架橋された骨細工のような渡り廊下を渡り終え次の一歩を踏み出そうとした刹那巨大な柱が轟音を立ててゆく手を塞いだ来た道を振り返る渡り廊下はそっくり落下して痕跡すら見当たらないもはやこの場からどこにも逃れることはできなかったそれでもやれるだけのことはやったのだユールの身の内に薄明りのような諦念が過ぎるこれさえ抱えていれば死することも怖くないように思われた下へ不意に鈴の音のようなか細い声が発せられたナシノが何かを語り掛けてきているか細い指が指し示す先には黒々とした裂け目が口を開いていた何度目を凝らしてもそれはただの地割れにしか見えないけれどもユールは暗闇の巫女のただ一人の友は彼女を疑わないことをただ一つの矜持としていたならば先が何に至っているとしてもどうでも良いことだったナシノが行きたがっていることに比べれば何が待ち受けていようとさほどの重大ごとではないユールは再びナシノを抱きかかえると暗がりめがけて迷うことなく身を投じた


(以下は整形版:句読点アリ)

 ユールがナシノの腕をひっつかんだ、まさにそのとき。岩盤すらをもつんざく悲痛なる叫びが伽藍に響き渡った。大いなる大地が擦れあい、人智の及ばぬ音色を奏でたのだ。偉大なる大地は、自らの内に無遠慮に穿たれたうろをすっかり埋め戻すことに決めていた。


 まじないの力を失い、壮麗な構造体がぺしゃんこに潰れた。地下都市は崩壊を始める。足萎えのナシノを庇いながらユールは急ぎ、果てはちいさな身体を抱え上げて、ほとんど飛ぶように走った。けれども次第に思うように先へ進めなくなっていく。とうとう、宙に架橋された骨細工のような渡り廊下を渡り終え、次の一歩を踏み出そうとした刹那、巨大な柱が轟音を立ててゆく手を塞いだ。来た道を振り返る。渡り廊下はそっくり落下して痕跡すら見当たらない。もはや、この場からどこにも逃れることはできなかった。


 それでも、やれるだけのことはやったのだ。ユールの身の内に薄明りのような諦念が過ぎる。これさえ抱えていれば、死することも怖くないように思われた。


「下へ」


 不意に鈴の音のようなか細い声が発せられた。ナシノが何かを語り掛けてきている。か細い指が指し示す先には黒々とした裂け目が口を開いていた。何度目を凝らしてもそれはただの地割れにしか見えない。けれどもユールは、暗闇の巫女のただ一人の友は、彼女を疑わないことをただ一つの矜持としていた。ならば、先が何に至っているとしても、どうでも良いことだった。ナシノが行きたがっていることに比べれば何が待ち受けていようと、さほどの重大ごとではない。ユールは再びナシノを抱きかかえると、暗がりめがけて迷うことなく身を投じた。

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