五 夜明けの鶏

 すると、二人に襲いかかろうとしていた二輪軍団がキキキーッと急ブレーキをかけて止まり、何を思ったかてんでバラバラに、あちらこちらへとまた走り出してゆく。


 いや、二輪ばかりではない、廃車の化け物も、空飛ぶ化けビニール傘や靴に古着達も、みんな慌ててふためいた様子で右往左往し始めたのだ。


 まるで、何かに怯えているような様子である。


「なんだ? 何が起こったんだ……?」


「に、ニワトリ……?」


 なぜか助かったようであるが、安堵するよりも疑念が勝って、二人は呆然と怪訝な顔でその場に立ち尽くす。


「おーよしよし……ふぅ〜…なんとか事態を収拾できそうじゃの。すでに犠牲者がかなり出てしまったが……」


 そんな二人の傍らに、いつの間にやら白衣を着た老人が立っていて、その手に一羽の雄鶏を携えてあやしながら、誰に言うとでもなく呟いている。


 頭には包帯を撒いて、顔に絆創膏をいくつも貼っているが、彼は誰あろう研究所を脱出したDr.アベだ。


「あ、あなたは……?」


「…ん? わしか。わしは通りすがりの科学者じゃ。おまえさん達も無事でなにより」


 思わず青年が譫言のように尋ねると、Dr.アベは冗談まじりにそう言ってはぐらかす。


「こんな時のため、TKGガスには素粒子レベルで強制停止コードを組み込んでいての。そんで近くの養鶏場へこいつを借りに行ってたんじゃ。百鬼夜行の故事にならって、一番鶏の鳴き声を聞くことによってコードは発動する。あとは朝日が登るのを待てば、情報のネットワークは消滅し、またもとの廃棄物に戻ることじゃろうて」


 だが、科学者のさがとして誰かに語りたいのか? 訊いてもいないのに今起きたことのカラクリを説明してくれる。


「ガスも霧散して薄まったことだろうし、もう被害が広がることもなかろうて……おっと、これは国家機密じゃったの」


 しかし、喋りすぎたことを自覚すると、それ以上は無駄口を叩かずに軌道修正を図る。


「そこのお二人さん。今夜見たことは表向き〝幻覚作用のある天然ガスによる集団ヒステリー〟として処理される。誰に言っても信じてくれんじゃろうから、まあ、夢でも見たと思って忘れることじゃ。では、ご機嫌よう……」


 そして、置いてけぼりの二人にそんな忠告を加えると、雄鶏をまた撫でながら、どこへともなく立ち去って行ってしまう。


 遠くの山並みに目を向けてみれば、稜線は紫色に染まり始め、夜明けの時刻が迫ってきている……。


「これが集団ヒステリー? ……いや、実際にあのバイク、ひとりでに走り回ってるよな?」


「これ全部、夢? ……痛っ! やっぱ痛いんですけどお!」


 しかし、いまだ付喪神達が恐慌状態に陥って走り回る中、わけのわからぬ青年は目をパチクリさせて辺りを眺め、少女はほっぺたを抓ると夢でないことを再確認していた──。

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