四 百鬼夜行
公園や粗大ゴミ置き場に限らず、この街は瞬く間に怪異で覆いつくされた……。
壊れた傘達が宙を飛び交うその下では、捨てられた靴や古着のズボン達が行列を組んで大通りを行進し、先刻の廃車の化け物に加えて一つ目の廃バイクも暴走族の如く走り回る。
また、脚の生えたブラウン管テレビや壊れかけのレディオ、廃棄されるはずだったガラケー達は自由気ままにそこらを闊歩し、各々に機械的な騒音を街に垂れ流している。
さらには錆びた自転車に引かれた荷車の上に壊れたレンジが置かれると、目には見えないが開けた扉からマイクロウェーブを無差別に放射し、それを受けた金属が方々で火花を散らしている。
「た、助けてくれえぇぇぇー…!」
「や、やめてえぇぇぇ〜…!」
そんな廃棄物の化けた怪物達は愉快犯の如く街の人間達を追いかけ回し、まさに地獄絵図のような有様である。
古道具の化け物達による大行進……あたかも
すべては、山の上の研究所から漏れ出した〝TMGガス〟による影響だった。
Dr.アベらのグループが、陰陽道など太古の呪術を元に生成したこの特異なガス。「物質に記憶された情報に刺激を与え、ネットワークを構築することで意識を生み出す」というその性質により、捨てられた道具達の中に人間への怨みを抱いた心が生まれ、まさに〝
Dr.アベの恐れていた事態とは、まさにこのことだったのである!
「た、助けてくれぇ…うぐあぁっ!」
ただ追いかけ回され、恐怖するばかりではない……廃車の怪物に追いつかれた男性が、牙の生えたボンネットの口で頭からバリバリと食べられる。
「く、苦しい……う、ウギャハァっ!」
また、レンジにマイクロウェーブを浴びせられたメタボなオヤジは、不意に身を丸めて苦しみ出したかと思いきや、まるで風船が破裂するようにパーン!と膨らんで弾け飛ぶ。
「キャアァァァーっ…! もうやめてぇぇぇーっ…!」
先程、粗大ゴミ置き場に屯していた若者グループのギャル少女も、そうして化け物達に襲われる獲物の中にいた。
他の仲間達はすでに餌食となっており、唯一、生き残って逃げ延びた彼女も、現在、一つ目の廃バイクに追いかけ回されているのである。
「…あっ! ……痛たたたたぁ…」
執拗に追いかけ回された彼女は、ついに脚がもつれて転んでしまう。
「はっ…! きゃ、キャアァァァーっ…!」
それでも廃バイクは容赦しない。躊躇いなく溝のなくなったツルツルのタイヤで彼女を縦一文字に踏みつけようとする。
「危ないっ!」
その時、傍らから飛び出した何者かが、バイクの前から彼女を抱きかかえて脇へと避ける。危機一髪である。
「大丈夫? 怪我してない?」
「あ、ありがとう。ちょっと擦りむいただけ…ってか、あんたこそ、めっちゃ怪我してんじゃん!」
倒れた自分に手を差し伸ばすその男性を見ると、着ているスーツはボロボロに敗れ、あちこち切り傷や擦り傷だらけである。
「ああ、これね。ビニール傘のお化けに襲われたんだよ。ひどいもんだよ」
少女に答えて苦笑いを浮かべるこの人物、じつは公園で傘を捨てたあの青年だった。彼もなんとか生き延びていたのだ。
「そんなことより早く逃げなきゃ。て言っても、安全な場所なんかどこにもなさそうだけどね」
「う、うん」
辛くも一命を取り留めた少女だが、これで安心できるわけもない。通り過ぎた廃バイクはまたUターンして戻ってくるだろう。
青年は少女の手を引っ張って立ち上がらせると、一緒に反対方向へと逃げようとする。
「なっ……!」
「そんな……」
だが、振り向いたそちら側には、バイクに原付に自転車に…二輪の化け物軍団が徒党を組んで、暴走族よろしく迫ってきている。
「こっちもダメか……」
ならばとまた踵を返そうとするが、やはり正面からはUターンした先程の廃バイクが、一つ目をギラギラと光らせて突進してくる……。
「クソっ! ここまでか……」
「イヤ! まだ死にたくない!」
最早、二人に逃げ場はなく、覚悟を極める青年に少女は抱きついて駄々を捏ねる。
……と、その時。
コーコココ…コケ…コケコッコォォォーッ…!
突然、なんの前触れもなく雄鶏の鳴き声が、声高らかに辺りへ響き渡った。
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