二 化け傘

「──あ〜あ、ついに壊れたか……」


 研究所で起きた騒動より一時間ほどの後……山の下に広がる街のとある公園では、骨の折れた白い傘を見上げて若いスーツ姿の青年が嘆いていた。


 雨の中、残業を済ませてからの帰り道、彼は近道になるこの公園を通り抜けようとしているところである。


 すでに雨は止んでいるが、その悪天候に伴う突風に煽られ、長らく使っていた彼のボロ傘もいよいよ壊れてしまったのだ。


「ま、どうせ安もんだったからな。仕方ない。またコンビニででも買うか……」


 青年はボヤきながら公園に設置されたゴミ箱へ近づくと、本当は規則違反であるが躊躇なく壊れた傘をその中へと放り込む。


「そうだ。傘よりも今夜の晩飯買わないとな……」


 だが、身軽になった彼がそのまま何食わぬ顔で立ち去ろうとしたその時。


「……ん?」


 ポン…と足下へ何かが落ちるのを感じ、見てみるとそれは今捨てたばかりのビニール傘だった。


「なんだ? うまく入らなかったのか?」


 仕方なく彼はそれを拾いあげると、改めてゴミ籠へとそれを放り投げる。


「これでよし……っと。さて、何食おうかな……ん?」


 今度はしっかりと籠へ収まるのを確認し、それから踵を返して歩き出そうとしたのだが、またしても足下へポン…と捨てた傘が落とされるではないか。


「な、なんだ……?」


 ちゃんと入るのを確かめたし、これはもう捨て損じたわけではない……かと言って周りを見回しても他に人はいないし、誰かが投げ返したというのでもなさそうだ。 


「え、ええ……!?」


 怪訝に思い、まじまじとその傘を見つめていると、それは不意に宙へと浮かび上がり、折れた骨ながらもバサリ…と浮遊したまま開いてみせる。


 そして、半透明のビニール生地に大きな一つ目と巨大な口が浮かび上がると、真っ赤な舌を垂らしながら「ケケケケケ…」と不気味な笑い声を発したのである。


 紙とビニールで材質の違いはあるものの、まさに巷でよく知られた伝統的な妖怪〝唐傘おばけ〟だ。


 俄かには信じられない現象ではあるが、別にアルコールは飲んでいないし、眠りこけて夢を見ているのでも、酔っ払って幻覚を見ているのでもない。信じ難くてもこれは現実なのだ。


「……う、うわああああーっ…!」


 あまりのことに固まった後、一拍置いて絶叫した青年は、一目散にその場を逃げ出した──。

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