第十一話 聖女の旗 (後編)
「結論から言う、無理だ」
言われる前から気がついてはいた。
「本当にどうにもならないんですか」
「うん、言ったろう?歴史を変えるのは魔法か奇跡でもない限り無理だって」
「その旗があればジャンヌは生き残れるんじゃ」
「否定も肯定もできない、未来が変わるのは確かだが彼女が生き残るとは限らない」
「百年戦争が伸びるだけだよ」
館長は淡々と俺に伝えた
回収した旗があれば、彼女が生き残る道ができるかもしれない。
藁にもすがる思いで館長に話した。
「生き残れる可能性が少しでもあるなら、ジャンヌはただの女の子なんだ!!」
「スグルさん…」
「スグル聞き分けてくれ。僕らに彼女は救えない」
「でも!!」
「…大丈夫です。ありがとうございました」
ジャンヌの声で静寂が戻る。
「私には私の役目があります、祖国のために神の啓示を受けこのフランスを救うことです」
「あなた達にもあるんですよね、私と同じように果たすべき役目が」
「それを放棄することは神のご意思に逆らうことです」
「ジャンヌ…」
「ありがとうございます、スグルさん。私のために怒ってくれて、あなたは慈悲深い人ですね」
「でも大丈夫、今日はすごく楽しかったです。異国の話や未来の話、楽しい話ができて私はただのジャンヌに戻れました」
「それだけでいいんです」
にこりと微笑む彼女の目じりにはうっすらと濡れて見えた。
手を祈りの形に抱え込むその手と体は震えているように見えた。
「別れは大事だ、話し終わったらこっちに来てくれ」
「館長」
館長は俺らから少し離れた場所に移動した
「ジャンヌ…ごめ」
「謝らないでください。さっきも言ったでしょう?私は楽しかったんです」
「確かに未来を知ってしまった今は逃げ出したいし、とても恐ろしいです」
「でも、それでも私はやらなくてはならないんです。はじめは神様の思召しでしたが、今となっては私の生きる道しるべなんです」
「…ジャンヌは強いよ、俺も今日ジャンヌにあえて楽しかった」
「俺の生まれた国ではさ、輪廻転生っていうのがあるんだ。もしかしたら、またジャンヌに会えるかもしれないな」
「生まれ変わって、またどこかで会えるかも、なんてな」
「りんねてんせい…生まれ変わってまた巡り合う。すごく素敵ですね」
「うん、今度は普通の暮らしをしてるジャンヌになれるよ」
「ジャンヌが記憶をなくしても俺が覚えてるよ」
「はい、ありがとうございます。あなたと出会えてよかった」
「うん、俺もありがとう。俺もやるべきことを果たすよ」
「話は終わったかい?」
「はい、館長さっきは無理行ってすみませんでした」
「いいんだ、君は優しいだけだ。さぁ、帰るよ」
館長は懐から鏡を取り出した。
少し離れた場所でジャンヌは手を振っている。
後ろ髪を引かれる思いがあるが、ジャンヌを横目に鏡に目を向ける。
月明かりが鏡に映りこみ俺達を包み込む。
まぶしさに目をつむり、また開けると博物館に戻っていた。
「今日の回収はこれでおしまいだ。ありがとうスグル。僕一人だったらまた力業でどうにかする予定だったから」
この日と結構力業でどうにかするタイプだなと思いつつ、どこか心がぽっかりとあいた喪失感を抱えたまま、館長と少し話をして家路につく。
次の日も博物館に行く予定があったから、準備をして博物館へと足を運ぶ。
陽炎が揺らめく坂道を歩いていると、部活帰りであろう女子高生が元気に話していた。
「今日も部活とかダルすぎるぅ」
「でも先生のおごりでアイス買ってもいいって言われてクーポンもらえたじゃん」
「新発売の味、私気になってたの。よかったらみんなでシェアしない?」
「ひじりん、マジ神~賛成」
ふと聞きなじみのある声が聞こえて、顔を上げた。
どこか見覚えのある少女が女子高生の輪の中にいた。
少女は俺を一瞥もせず通り過ぎて行った。
楽しそうに笑う少女を見て胸の喪失感はいつの間にかなくなっていた。
博物館につき館長に挨拶をするとしばらく回収はないようだ。
俺は大学で出された課題を終わらせるために、ワークスペースに向かった。
「よかったね、スグル」
ぽつりとつぶやいた僕の声はスグルには届かないようだった。
ウワサの博物誌 朧(そう) @sou1146
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