第十話 聖女の旗 (中編)


「あなた、此処のものではありませんね」


 その言葉に体の血の気が引いた。

 バレた?

 いや、館長がばれないと言い切るほどだ。

 そう簡単に見抜けるわけがない。


「少し向こうでお話ししましょう、ついてきてくれますか?」

「は、はい」


 そう言って天幕から二人だけでしばらく歩く。

 少し行くと人気のない川辺に着いて、ちょうどよさげな岩に腰かけてジャンヌダルクが話し始める。


「ここならだれも来ることはないでしょう。驚かせてごめんなさい」

「なんで俺が此処の人間じゃないってわかったんですか??やっぱり神託で…」

「そんなんじゃありません!!もちろん、神からフランスを救うよう言われたのは確かですが」

「じゃあなんで」

「私、今では聖女なんて言われてますけど本当はただの村娘なんです。ここにいる兵士の人たちとあなたは動きが違うから」

「動き」

「初めて兵士たちの中に混じった私と同じような動きだったから」

「だからちょっとだけ親近感が出ちゃって」

 そう言いながらはにかむ彼女は、歴史の授業で習った奇跡の聖女ではなくどこにでもいる普通の女の子に見えた。

「ねぇ、あなたのお話も聞いてもいい?どこから来たの?どうしてここへ」

「俺は…」

 どこまで話せばいいんだろうか?

 そう悩んでいると館長の声が聞こえてきた。

「別に全部話してもいいよ、旗が回収さえできれば歴史は揺るがない」

 館長の声はどうやらこの腕輪から聞こえてくるようだ

 俺はもう館長のトンデモ設定に慣れてしまったが、目の前の少女は違う。

 目を見開きぱちくりと瞬きをする。

「あなたも、神の信託を受けているんですか!?」

「いやこれは違くて!!」

「ジャンヌ、君の持つ旗を僕の持つ旗と交換してくれるのなら、そこにいるスグルが何でも話すよ」

「ちょっと、館長!?」

「旗ですか…?でもあれは王から預かった大切なもので」

「まったく同じものなんだ。君の悩みも解決できるかもよ」

「私の悩み?」

「異様なくらい君は周りからもてはやされているだろう?それはあの旗に邪悪な力を注いだものがいるんだ」

「…」

「僕たちはそれを取り除きたいんだ。でなければ今後多くの人間があの旗をめぐり死ぬことになるだろう」

「……わかりました」

「いいのか!?そんな大切なものだっていうのに!?」

「人の命には代えられません。あの旗と同じものを用意してくれているんでしょう?」

「そうだけど」

「ここであなたたちと巡り会えたのも神の思し召しだと私は感じるのです」

「ありがとうジャンヌ、さっそくこっちで取り換えさせてもらう。君はそこのスグルに何でも聞きたい事を聞けばいい」

「はい、わかりました」

「スグル、後は任せた」

「館長!?…あの要件人間め」

 そう悪態を吐く俺に対して目の前の少女は嬉々として語り掛けてきた

「あなたはスグルっていうのね。私初めて聞く響きだわ。どこから来たの?」

「あ、えっと、日本っていうここからずっと東にある島国で…」

「島国?どんな場所なのかしら?」

「えっと俺の住む町は」

 この聖女と呼ばれる少女は話せば話すほどただの少女に感じる。

 どんどん俺に質問してくる姿は6歳の従妹に似ていて、なんだか気がゆるんでしまった。

 答えるたびに新鮮な反応をくれる彼女がうれしくて、どんどん話が膨らんでいく。

 気が付けば日が沈んであたりは暗闇に包まれていた。


「もうこんなに時間がたったんだな」

「知らないお話が聞けて私は嬉しかったです」

「やぁ、話は済んだかい?」

「館長!!」

「ジャンヌ、約束通り旗の交換をしてきた。どうやら君たちも有意義な時間を過ごせたようだね」

「あなたが館長さん?えぇ、とっても楽しかったわ」

「スグル時間だ。帰る準備をしてくれ」

「…」

「スグル?」

「なぁ館長」

「…なんだい?」


「ジャンヌを助けたい、俺たちと一緒に連れて帰れないか?」

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