第二話 夜の博物館

 まずい、実にまずい。よりによってあの鬼教授の菊田教授のレポートを忘れるなんて

「事情を説明すればあるいは、いや早朝に博物館にいけば……だめだ!!明日の一限目に回収されるんだった!!」

 あの博物館が一般的な博物館と同じ時間に空いているとしたら間に合わない、しかも朝早くに人がいない可能性もある。

「今から引き返して間に合うか?」

 そう思い自分の腕時計を見る。

「あの館長なら優しそうだし、事情を説明さえすれば大丈夫かもしれない」

 俺は踵を返し急いで例の博物館へと急いだ。


 夜の博物館はうっそうとした森の中にあるせいで、昼間に見た荘厳で美しい博物館は月の光に照らされて美しすぎるがゆえに不気味さを感じた。

 その感覚はあの館長なる人物を思い出させた。

「今は余計なことを考えている暇はない、明かりは……よかった、まだついてるな」

 明かりがついているのを確認しノックをする、しかし返事も人の気配もしない。

「すみません!!忘れ物を取りに来たのですが!!」

 大声を出しても反応はなかった。

 2階の展示室にでもいるんだろうか?落ち着かない気持ちで博物館の周囲をぐるぐると回りながら歩く。

 ふとした瞬間、目に着いたのが2階の開いた窓から揺れるカーテン。

 俺を誘っているのかと言わんばかりのご都合主義に伸びている頑丈な木の枝。

「いっそ……いや、人としてダメだろ!?不法侵入と何も変わらん!!」


「結局来てしまった……」

 焦る気持ちが俺を突き動かし行動させたのだ、後で誠心誠意土下座でもして謝ろう。

「2階は昼に来なかったから、どの部屋にいるのかわからんな……」

『クスクス……』

 どこからか話し声のような、もしくは笑い声のようなものが聞こえる、もしかして博物館の職員だろうか?

 声が聞こえるほうへ行くと部屋の扉があった。どうやら鍵はかかっていないようだ。

 扉を開け廊下に出る、左右を見回しても先ほどの声の主は見つからない。

『クスクス……』

 ただ声だけは聞こえてくる。声を頼りに足を進めると人影が見えた。

 エントランスの吹き抜け部分の手すりに腰かけている人物がいた。

「あの人、館長か?」

 館長は手すりの外側に足を投げ出し座っていて、いつか落ちてしまうのではないかと感じた。

 声を掛けたら驚いて落ちてしまうのでは?いや、事情を説明しなくては……

 そう考えていると月明かりがエントランスにある天球儀を照らし、光輝き始めた。

 プラネタリウムにいるかのように、周りを巻き込んで青く光る。

「すげえ……」

 俺がそう呟いた次の瞬間


 館長は天球儀へ飛び降りたのだ


「何してんだ!?」

 そう言って駆け込んだ俺を一瞥した館長は光の中に吸い込まれたように見えた。

「嘘……だろ」

 恐る恐るエントランスの下を覗き込むと館長はいなかった。

『君は行かないの?早くしないと閉じちゃうよ』

「誰だ!?」

 耳元で囁かれたのに誰もいない。俺は自分がおかしくなったんじゃないかと頭を抱えた。

「……クソッ!!こうなりゃヤケクソだ!!」

 好奇心には勝てない、目の前の非日常的な光景が頭から離れない、これがどんなものなのか知りたい。

 そんな気持ちを携え、意を決して館長のように天球儀を目指し飛び出した。

 次に来るであろう痛みと光の眩しさに目を閉じる。


「……追いかけてくるとは思わなかったよ」

 あの澄んだ声が聞こえ、目を開ける。

「あの子たち、遊び相手がいないから君を誘い込んだんだね」


 俺の目の前にはあの館長と、見慣れない街の風景があった。

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