第45話『できること』

 ロアはガニシュカに自身の推察を話した。

 終始聞き手に回っていた皇帝は、唸るように声を出した。

 それから不満げに頬杖をついた。

「おい待て、今の説明だとどうして隔離病棟をもう一個建設つくらせた? 無駄金じゃないか」

「あ~、うん悪い結果的に無駄金になった」

 気まずそうに目を逸らす。ガニシュカは眉を怒らせて見せる。

「おい⁉ ふざけんなよお前金が湯水のように湧いてくると思ってないか⁉ 金ってのは生み出すのが難しくて、吐き出すのは一瞬なんだよ‼」

「なんか皇帝が節約家みたいなこと言い始めたぞ」

「意外とケチなんだね~」

 コソコソ話すアンナとロア。

「聞こえているぞ⁉ そもそもな! 賓客のくせしてどうしてお前ら態度でかいんだ⁉」

「だってお前が引き留めたんじゃん」

 元々ロアたちは妖精の森で野宿する積もりだったのだ。この国にも長居する予定は無かった。

 正論を言われて「ぐぬぬ」と漏らすガニシュカ。

「それでどうするんだ? 呪いなのは確定だが、実行犯は不明だし、計画犯も推定有罪ってだけで証拠はない」

「……そうだな。まあ、計画犯がビクトル・デュマであるのは妥当な所だろうよ。ほかに該当者もいない」

 ビクトル・デュマ、彼ならば相応の不利益が出ようと実行するだろう。奴にしか見えない利益を追い求めていく男だ。

「家宅捜索をする選択肢もあるが……」

「あまり意味は無いだろうな、実行犯は奴じゃない」

 呪いは行使と同時に呪い返しが確定している。先の目的があるのならば、自身でしようとは思うまい。

「何が目的かを論ずるのはあまり意味が無いだろうな」

「まあ、時間が無限大にあるのなら、意義はあると思うぞ? 議論が無駄になることはない。し尽くしたと思っても、想定外は幾らでも降ってくるんだから」

「違いない」

 残念ながら、その時間はあまりないと想定すべきだ。

 相手の目的が読めない以上、時間は敵と考えておくべきだろう。

「これだけの範囲を呪っておいて、何の声明も無く、目的を悟らせない。となると、時間稼ぎが目的か?」

「確かに混乱するだろうが、隠れて何かやりたいなら、ここまでの大ごとは控えるべきだろ。目立ち過ぎる」

「わからぬぞ? これ以上の大事を潜ませるための陽動やもしれぬ」

「否定はしないが、迂遠すぎるだろ」

 呪いの希釈化によるコントロール。これだけでも一朝一夕ではいかない。数年単位の試行錯誤を要したはずだ。しかも呪いには呪い返しがある。

 実験の度に死人が出た筈だ。それを隠匿する手間を考えれば、他の事柄に余力を割けるとは思えない。

「……これ以上推論をたてても仕方ない。分からないコトが判った事で実りにしよう」

「だな」

 せめて呪いの散布の方法がわかれば、尻尾を捕まえる事が出来るのだが。

 あれだけの規模だ。呪術師などという万年零細野郎には賄えない筈だ。

「あんたの相談役は何か助言をくれないのか?」

「生憎、奴の魔法は一年に一度しか使えぬ。今年はもう使ってしまっているため、もうあの女はただの有能だ」

 常時発動しているわけでは無いのか。

 アンナや他の当該者とは違う。かなり稀なる魔法だ。

 それだけの制約があって、本当にただの千里眼なのか……?

 ――魔法は強力に為ればなるほど、重い制約が課される。それは寿命の減退や発動条件の細分化など、多岐にわたる。〝運命の前借り〟という性質上、高度になると担保を要求されるのだ。

「兎に角やれる事をやるとしよう」

「何か、あるのか?」

「……政治というやつさ。業腹だがな」

「悪~い顔」

 邪悪に笑って見せるガニシュカにジト目を向けるアンナ。

 ガニシュカは心外そうに、溜息をつくと。二人を帰させた。

 背凭れに深く体重を乗せて息を吐き出す。

「――貴様の言うとおりに運んでいるぞ」

 此処には居ない共犯者にそう洩らすのだった。



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